オバマ勝利演説081104の日本語訳……というか新城カズマ語訳

S「……を、『オバマ大統領就任まであと一週間記念』ということで和訳してみました。方針としましては、彼のスピーチに仕込まれていた対句や頭韻を、できるだけ日本語圏の常識を破らない程度に移し替えること、それからアメリカの若い世代があれを耳にした時にどれだけ感動したか……というのも想像がつくように、と。現場の雰囲気と原文はこのへんを参照しました。セクションごとに文章と映像を比較できるので、たいそう便利です」
M「そういえば新城さんずいぶん文句いってましたよね、メディアの日本語訳には」
S「まあ最近になってようやく書籍とかで『オバマの感動スピーチで英語を学ぼう』みたいなのも出てきて、去年よりは多少まともになってきたけど、それでもなあというのが新城の正直な感想です。ネット上でもいくつか素晴らしい和訳が散見されたのですが、しかし肝心の部分……つまりあのスピーチに限らず英語圏の重要なスピーチには、対句とか、韻とか、掛け詞とか、微妙な皮肉とか、歴史への言及とか、あるいは巧妙な論理とか、それこそ古代ギリシャ以来の言葉の力の伝統がふんだんに活用されているってことが、あんまりうまく伝わってないような気がするんです。というわけで、新城訳ではそのへんを思いっきり強調してみました」
M「ほとんど超訳じゃないですか」
S「でも実はほぼ直訳でもあるんだよ。不思議なことに。まあ翻訳は運命的に誤訳なのだし、だからこそ面白いのだ! 実際、アメリカの一部はたいそう感動した/してるわけで、どれくらいの感動かというと、こんなビデオクリップもつくられちゃうくらい↓:

M「へー」
S「というわけで、上記ビデオをBGMにしつつ、以下が新城訳です」


詩として和訳された08.11.04オバマ勝利演説
 Obama Victory Speech 08.11.04; a Poem



(……屋外)
(十一月の冷たい夜気)
(それがどれほど厳しいものになりえるか、訳者である僕は知っている)
(なぜなら僕もまた、
 あの〈風の街〉のほとりで
 暮らしていたことがあるだから)
(しかし待ちかねている大群衆にとって、そんな寒さは何ほどの事でもない)
(そこへ司会のアナウンスが流れる)
「――紳士淑女の皆様! 次代の、合衆国大統領御一家です!」
(爆発する歓声)
(登場する4人)
(すっかりおなじみとなった例のかけ声……
  「できるさ、みんなで……できるさ、私たちならYes, We Can!」)
(抱擁と接吻)
(夫人と2人の娘がゆっくりと退場し、ひとり彼だけが中央に残る)
(歓声)

ハロー、シカゴ!……

(歓声)
(そしてゆっくりと、彼は始める)

もし万一、
どこかにまだ、お疑いの方がおいでなら――
  如何なることも可能なのがアメリカではなかったのかと、
  建国の父祖の理想は今この時代にもう残っていないのかと、
  私たちの民主政democracyに効力はあるのかと、
まだ疑っておいでなら――

今夜が、その答だ!

(歓声)

これは長い長い行列によって綴られた答、
 かつてこの国が体験したこともないほどに
 学校を、教会を、とりまいた投票の列によって――
  三時間も四時間も待ち続けた人びとの、
  多くにとっては生涯で初めての経験として――
綴られた答なのだ。



なぜなら
信じたのだから、かれらは――

      今度こそは違うはずだと。

自分たちの声こそが、その違いdifferenceに他ならないのだと。



この答は
 老いも若きも、
 富める者も貧しき者も、
 民主党員も共和党員も、
 白人も黒人も、ヒスパニックも、アジア系も、先住民も
 ゲイも、ストレートも、
 障害ある者も、障害なき者も、
あらゆるアメリカ人の声として世界中に発せられたのだ、
我々はけっして
 孤立した人の単なる寄せ集めではなく
 共和州と民主州の寄せ集めでもなく
かつても 今も そしてこれからも

     一つのアメリUnited States of Americaなのだと!

(歓声)

この答は……
(短い躊躇)
(言いよどみ)
(疲労? 失念? それとも?)
……あまりにも長い間、
  あまりにも幾たびも、
  言われ続けてきたのだ、人びとは
 「あざ笑え」と
 「恐れろ」と
 「疑ってかかれ」と
それでもこの答はかれらを導いたのだ、
歴史の流れを両手でつかみ、今一度、希望に輝く明日へむけて
それをねじ曲げてみせようと。

遅すぎるくらいだ、とも言われるだろう――だがしかし今夜、
 われわれの行動によって、
 今日この日に、
   この選挙で、
   この決定的な時において、
ついに変化changeはやってきたのだ――祖国アメリカに!

(歓声)

……(ふと現実にかえるように、彼の口調は変わる)
つい先ほど、夕刻に、
私はマケイン上院議員から実に丁重なるお電話をいただいた。
(一瞬、群衆に微妙な空気――お義理の拍手)
(しかし彼はそれをすでに予期している)
マケイン議員は今回の選挙戦で、長く苦しい道のりを戦い抜いた、しかし
 彼は
 それよりもはるかに長く、
          苦しい戦いを
 すでに戦い抜いたことがあるのだ――愛する祖国のために。

(聴衆は、はっと憶い出す)
(気づかされる)
(あの傷だらけの戦争……自分たちの父が、兄が、親友が、愛するものたちが
 傷つき、傷つけ、恨み、苦しみ、憎み合い、そしてすべてが二分された、
                     あの空しい戦争)
(マケインは、その最前線で、
            一海軍士官だったのだと)

 彼の支払った犠牲、耐え抜いた日々……
  ここにいる我々の大半は
  それを
  ほんのひとかけら想像することさえ、不可能だ。
 我々は、
 この偉大にして無私なる指導者の果たした奉仕によって、
 より良い「今」を生きている。
私は彼を称讃する、
 それからペイリン知事を、彼ら二人が達成したすべてを:
 そして彼らと共に働くことを楽しみにしている――
来るべき日々に、この国の展望promiseを新たならしむるために。


今回の旅程における私のパートナーにも感謝を捧げたい、
 選挙戦を誠実に戦ったひとりの男、
  故郷スクラントンで共に育った市井の人々を代弁し、
  (息子たちと毎日会うために)地元デラウェア州から(首都ワシントンの
    議会まで)列車で通勤している彼、
 合衆国次期副大統領、
ジョー・バイデン氏に。

(拍手喝采)
(聴衆の多くは、バイデンの心温まる通勤の逸話をすでに承知している)

そして私が今夜ここに居られるのも、
 彼女の気丈なる支えあったればこそ――
    十六年越しの親友、
    我が家の礎、
    生涯の愛、
    この国の次期ファースト・レディー……
ミシェル・オバマ!

(ひときわの歓声)
(ジェシー・ジャクソン師は涙をこらえている)

(ふと彼の口調が柔らかくなって)
サーシャ、そしてマリーア……
 父さんはきみたち二人を愛しているよ。
 きみたちには想像もできないくらいにね。
というわけで、
  約束どおり、きみたちは子犬を勝ち取ったわけだ、
  だから一緒に新しい家へ連れて行こう――ホワイトハウスへ!

(笑いと歓声)
(オプラ・ウィンフリーはすっかり涙目になっている)

そして、もはや私たちと共には居らずとも……
祖母が今も見守ってくれていると、私は
確信している。
 私を私たらしめた、今は亡き家族の皆と共に……
今夜、彼らが居ないのを寂しく思う。
忘れまい、彼らへの計り知れない恩義を。

我が義妹マーヤ……義姉アウマ……すべての兄弟姉妹たち……
貴方たちの支援に、ほんとうに感謝したい。
ありがとう。

そして我が選挙マネージャー、デイヴェッド・プラフに!
  (時ならぬ大歓声)
   今次選挙戦の知られざる英雄!――彼こそは最良の……
  (歓声)
   ……合衆国選挙史上最良の選挙戦を組み立てたと、私は思う――
それから主席参謀デイヴェッド・アクセルロッド、
   最初の一歩から私の相棒だった男に――
政治史上最高の選挙チームに――
君たちが
 これを成し遂げたのだ、
 そして私は永遠に君たちに感謝を捧げよう、これのために君たちが
 支払った犠牲に対して。

だが、なによりも――



(静寂。聴衆は悟る。恒例の「身内への感謝」は、終りなのだと)
(再び、本当の演説が始まるのだと)



――この勝利が誰のものであるのか、私は
  けっして忘れまい。
  これは、
      あなたたちの勝利だ。
      あなたたちの、ものなのだ。



私は一度たりとも、「当選確実な候補」ではなかった。
私たちが戦いを始めた時、たくさんの資金や、
            多くの公認を、
            手にしてはいなかった。
私たちの戦いは、
(ああ、なんと見事に彼は、するりと「私」から「私たち」に切り替えることだろう!)
(まるで大脱出専門の魔術師のように)
        首都ワシントンの広間で産み落とされたわけではなかった――
        それは、

     デモインの 幾つもの裏庭で、
     コンコードの  多くの居間で、
     チャールストンの たくさんの玄関先で、
                        始まったのだ。

それは働く男たちと
     女たちによって、
 あなたたちが
 なけなしの蓄えの中から、
     5ドルのお札を、
     10ドルを、
     20ドルを、
 この理想causeへ寄付することによって、立ち上がったのだ。

それは若者たちから力を受け取ったのだ、
    「どうせ(おまえらは)無関心だろう」という
     あの俗説mythを
     拒絶した世代、
  住み慣れた家を
  家族を
  後にして、
     ほんのわずかな報酬どころか
     それよりもさらにわずかな睡眠時間しか
     保証しない
   多くの作業を
  引き受けんとした、あなたたちから。

また、けっして若くはない人びと、
  厳しい寒さを
  灼けつく暑さを
ものともせずに
     見知らぬ他人の扉をノックしてまわった、あなたたち、

そして全国何百万もの人びと、
 ボランティアに名乗りをあげ、
 組織をつくり、
 そしてあの言葉を立証した、あなたたち――
                二百年余を経て
                今もなお
               人民の、
             人民による、
            人民のための、
          政府は、
この地上より滅してはいない
と立証してみせた、
あなたたち
から!

これは、
    あなたたちの
           勝利だ!


(これまでで最も大きな歓声)
(会場から)
(全国のテレビの前から)
(……そしてゲティスバーグの古戦場から……)



私は、わきまえている
  選挙で勝つためだけに、あなたがたが戦ったのではないことを。
  ましてや私という個人のためでさえ、ないことを。
あなたたちが戦ったのは
  眼前に横たわる
  巨大な責務を理解しているからこそだ。
なぜならば、こうして
  祝杯をあげている今
  この時
  にも
われわれは気づいているのだから――明日という日がもたらすのは、
  われらが時代の
  最大の
  苦難だということを。



             ……二つの戦争!

        危機に陥った、一つの惑星!

            百年に一度という
             最悪の経済危機!


   今宵
   わたしたちが ここにこうして 集うあいだも

     多くの勇敢なるアメリカ人同胞は
        イラクの砂漠で、
        アフガンの山中で、
     目覚め、
     命をかけて
     戦っているのだ、
          わたしたちのために。

     多くの母親が、父親が、
     まんじりともせず
        ローンをどうやって支払おう、
        治療代をどこから工面しよう、
        大学の学費をどうして貯めてあげよう、と
     頭を悩ませているのだ、
     安らかにまどろむ
            子供たちのために。




            ……新たな力の源energyを
       開拓する必要がある。
              新たな職を
       創出し、
              新たな学び舎を
       建設し、
              あらためて脅威に
       対峙し、
              あらためて同盟を
       修復する
           必要があるのだ。



                    …… 道のりは
                         長い。
                      われわれは
                 険しい登りを往くのだ。
                       一年でも、
             いや、任期をすべて費やしても、
       われわれは 《そこ》へ 辿り着かないかも
                       しれない。

(フラッシュバック)
(「……私には夢がある I Have A Dream……夢がある……」)
(そしてさらに奥深く、もうひとつ)
(紅海を渡り、シナイ半島を越え、民を導き、荒野をさまよい、
                  みずからは約束の地に
                   辿り着くことなく
                    世を去った、
                     ひとりの老人のイメージ)

だが
  アメリカよ、
        今夜ほど私が希望に満ちている
        時は、
        かつてなかった
  わたしたちは、
 《そこ》へ
  たどりつけるのだという希望に!

誓ってもいい
 (たとえ私自身は 途半ばに たおれようとも)
  わたしたちは、
  ひとつの民として
 《そこ》へ
  たどりつくのだと!



(大歓声)
(「そうさ、できるさ!」「そうさ、我らなら!」)


……やり直しや、過ちもあるだろう!
私の判断や政策すべてに
賛同しない者たちもいるだろう、
そして政府があらゆる問題を解決できないことも
また承知の上だ。
だが
 私は あなたたちに嘘はつくまい、
    来るべき多くの困難について。
 私は 耳を傾けよう、
    意見を異にする時は尚更に。
そして
 なによりも、
 私は あなたたちに請うていこう、
    参加してくれと
    この国を再生する事業に
      これまで二百二十一年間
      為されてきた方法で……
               一歩づつ
               ひとかけらづつ
                 無骨な手をした
                 一人また一人が
               集まることで。

二十一ヶ月前、あの冬の
 さなかに始められたことを、
  この晩秋の夜で終わらせてはならない。
 われわれが求めてきた
   変化とは、今夜の勝利
     のみを指すではないのだ。
  これは、ただ好機chanceに
    すぎないのだから:われわれが
      変化changeを実現するための。

そして、
変化は起きずに終わるだろう――もしも
われわれが
これまでどおりのやり口に逃げ戻ってしまえば。
それは成されないだろう――
 あなたたちなくしては、
 新たな奉仕の精神なくしては、
 新たな自己犠牲の気概なくしては。
だからこそ
 新たな愛国の精神を、
 責任感を、
結集しようではないか:各々が、決意も固く
  作業にとりかかり、
  これまで以上に勤めつつも、
  己のみならず互いをも いたわるような精神を。

忘れずにいようではないか:われわれが
  今回の経済危機から得た教訓を――
  故郷の町並みmain streetが苦しむ時には
  大都会の金融街Wall Streetもまた繁栄できない、という事実を。
この国においては、
  われわれはひとつの運命共同体nationとして
       ひとつの民として
  栄え、また滅びるのだから。

誘惑を退けようではないか:あいかわらずの党派主義、
             狭量な思考、
             大人にあるまじき振る舞い、
  われわれの政治を毒してきた諸々に逃げ込むという誘惑を。
思い出そう、
 共和党の旗印を掲げてホワイトハウスへ
 初めて入っていったのは、他ならぬこの州から選出された
 あの人物であったことを――
  自主独立と個人の自由をこそ重んじる政党、
  国の統一を党是とする政党。(それこそが君たち共和党ではなかったのか?)
  それらの価値は、
 われわれ皆が共有している。
 たしかに今夜、民主党は勝利を祝ってはいるが、それは
  謙虚なる気持ちの中、
  二分された国論の傷を癒し、
  われわれの前進を再び始めんという決意の中に
 あってのことだ。

かつてリンカーンは
 今この時よりも遥かに分裂していた国家にむかって
 語りかけた……
「我々は仇敵ではなく、友人同士なのだ――激情によって
 情愛の絆は
  損ねられもしたが、しかし
  断ち切られてはならない」と。
だから、
 今はまだ私を支持していないアメリカ市民の皆さん――
 私は
 今夜、あなたがたの一票を得ることは
 できなかったが、
    私の耳に
    あなたがたの声は 届いている。
    私は
    あなたがたの助けを 必要としている。
    そして私は
    あなたがたのための 大統領ともなるだろう。

さらには今宵、
 海の彼方から
       数多の議事堂や
       宮殿から、
       われわれを見つめている、すべての皆さん――
  あるいは見捨てられたかの如き世界の片隅で
       ラジオの周りに集うている皆さん――
  歴史の道はそれぞれ異なれど
  われわれの運命はつながっている。
  そして 新たな夜明けにも似て
  アメリカの指導力は 今ここに刷新された。
(喝采また喝采)
また一方、
  この世界を滅ぼさんとする、おまえたち――
(喝采はまだ続いている)
  おまえたちを、
  われわれは打ち破るだろう!
平和と安全を求める人々には――
  あなたがたを、
  われわれは支えてゆくだろう。
そして皆さんの中で
  はたして
  アメリカの ともしびは
            今もなお
            変わらずに
              煌煌と
            輝いているのか、と
  訝しんでしまった方々には――
今夜、われわれは
あらためて
証明したのだ、
  われらが国の、真の力とは
      干戈の威でもなく
      富貴の桁でもなく
  絶えざる理想の力……
        民主政democracy、
        自由liberty、
        機会opportunity、
     そして
        屈することなき希望hopeなのだと!

(喝采)

――それこそが
  アメリカ生来の智慧なのだ
        アメリカは
        変わり得る:
         われらが団結unionは
         より高みを目指してゆく:
          そして
          これまでに成された多くの偉業は
          明日成し得る、また成されるべき
               多くの偉業への希望を
                 与えてくれるのだ:


今回の選挙には、多くの「初めて」があり、
        また多くの逸話を生んだ……それらは
        これから幾世代をかけて語り継がれて
        ゆくだろう:しかし、
今夜
  私の心をとらえるのは
            アトランタで一票を投じた
                  一人の女性の物語だ――
                  彼女は、己の
                  声を首都まで届かせようと
                  列に並んだ、その他何百万の
                  有権者たちと
                  なんら変わるところはない――
ただ
  一つの事を除いて:


        彼女、
        アン・ニクソン・クーパーは
                  百六歳
                  なのだ。


(驚きと拍手)

彼女が生まれたのは
         奴隷制廃止から、わずか一世代後――まだ
         道に自動車の姿はなく、空に飛行機の
         影さえなかった頃――
      彼女のような人々がまだ
      投票できなかった
      時代――それも
      二つの理由によって:
    女性だということで、
    そして肌の色のせいで。

そして今夜
私は
思いを巡らせる……
    彼女が目撃してきた
    このアメリカの世紀を:
  苦悶と希望を、
  苦闘と進歩を、
       あの時代、
      (そうだ、実に永きにわたって)
      「できやしない」と言われ続けた日々を、
       それでも歩みを止めなかった人々のことを――

 かの  アメリカの信条American creedそのものである言葉、
         「できるさyes, we can!」
            を唱え続けた
              人々を。


あの時代、
 女性たちの多くの声が黙殺され、
      多くの希望が蹴散らされた時――
            彼女は見たのだ
              立ち上がり
               声を発し
                一票を
                投じた
             多くの女性を:
     「そうよ、できるわyes, we can!」

あの時代、
 絶望がダストボウルとなって吹きすさび、
       恐慌が全土を覆い隠した時――
            彼女は見たのだ
             一つの国民が
     恐怖そのものを克服するさまを:
   〈新たなる契約New Deal〉によって
         新たなる雇用によって
            新たなる共通の
           目的意識によって:
    「そうだ、できるのだyes, we can!」

あの時代、
     われらの港に爆弾が降りそそぎ、
       圧政が全世界を脅かした時――
            彼女は見たのだ
             一つの世代が
      まるごと奮起し、その偉業に
     よって民主政が救われるさまを:
「そう、われわれにはできるのだyes, we can」

(観衆の声――「そう、できるのだ!」――)

                 彼女はそこにいた、
   (公民権運動の魁)モンゴメリー市のバスの前に
   (黒人運動の頂点)バーミンガム市の放水の中に
    (アラバマ州大行進の起点)セルマの橋の上に:
               そしてアトランタから
      やって来た一人の説教師が、民にむかって
     「我らは乗り越えんwe shall overcome」と           
                 語りかけた時にも:
          そうだ、われわれにはできるのだ。

    (――「そうだ、できるのだ!」――)

                      人類は
               月世界にさえ到達した!
                     あの壁も
            ベルリンの中心で崩れ落ちた!
                      世界は
       われわれの生んだ科学と想像力によって
               かたく結びつけられた!
                      そして
今年、
この選挙において、
         彼女は
         タッチ・スクリーンに指をのばして
                 一票を投じたのだ――
                     なぜなら
                 百六年の歳月の後
               最良の日々を
           また最悪の瞬間を経て、
 彼女はもう判っていたからだ……
 アメリカとは
       生まれ変われるものなのだ
      と。


         そうだ。
         できるのだ。


    (――「そうだ、できるのだ!」――)


アメリカよ!
      なんと遠くまで
      われわれは辿り着いたことか!
      なんと多くを
      われわれは目の当たりにしたことか!

                    ……しかし
                われわれには、まだ
              成し遂げるべき事がある:
だから今夜、
      自らに問いかけようではないか……
                      もしも
                われらの子供たちが
        さらに次の世紀を迎えるとしたら……
 私の娘たちが幸運にもアン・ニクソン・クーパー媼に
        匹敵する長寿に恵まれたとしたら……







          ……どれほどの
       変化を彼らは体験するだろう?


           ……どれほどの
          進歩を、彼らのために
       われわれは成し遂げておけるだろう?






            今日この日こそは
             好機なのだ:
       この問いかけに……この召命callに
             応えるための。

              今こそは
           われらが決意の時なのだ。

              これは
          われらに与えられた時代なのだ。
          人々に
       再び職を与え、
        子供たちに
  機会という扉を開くのだ:
       繁栄を再建し、
平和の大義を推し進めるのだ:
  アメリカン・ドリームを
          再生し、
 われらが「多より出て統一」
   してきたという真理を
      再確認するのだ:
       息のある限り、
 われらは希望を捨てないと:
 そして
   冷笑と疑念を前にして、
「できるものか」と決めつける
       輩を前にして、われらはこう応えるのだ、あの
                 不朽の信条creed、一つの国民の精神を
                 見事にあらわした、あの言葉で――



 われらならば、できるのだYes, we can。



(大歓声)

ご清聴に感謝する。
あなたがたに神の祝福を。
そして神の、アメリカ合衆国を祝福し給わんことを!

(いつまでも、いつまでも続く大歓声――)


S「……とまあ、こんな感じなのですが、一つだけ勘違いして欲しくないのは、新城は(一般的なアメリカ人の底抜けの楽天主義や幼いまでの元気よさを心から敬愛しているのですが)、国家としてのアメリカなるものに対して、いくつかの根本的な懐疑と不安を常に抱いている、という点なのです」
M「えー!? これだけ手間かけてオバマを持ち上げておいてシニシズムですか!?」
S「べつに彼を礼賛してるわけじゃないんだよ。といっても嫌ってるわけでもないけど。純粋に、彼らの雄弁技術に賛辞を贈ってるんだ。彼我の差に対する絶望という意味も含めてね」
M「もしかして新城さんって、ものすごーい悲観主義者なんですか?」
S「うーん。悲観的楽観主義者ではあるんだけど、これじゃ判りにくいかなあ。もうちょっと正確に表現すると、みんなもうちょっとおちつけ主義かもしれない。まあ、歴史をひもといてみると、そういうタイプの人たちは慎重居士かユーモリストか、あるいは逆に皮肉屋になるらしくて……先日話題にしたスピノザをはじめ、スウィフトとかヒュームとか、ポアンカレとか、モンティ・パイソンヴォネガットナボコフボルヘスケストナー、レノン、ロビン・ウィリアムスなどの皆様には大層心惹かれております。というわけで、この話は明日以降に続きます……」

090116追記:
翻訳を数カ所加筆修正しました。うーむ、なんとか来週の就任式までには安定させたいものです……。