われら銀河をググるべきやDo We Dare Google the Galaxy?【その05】:「労働? それ美味しいの?」

S「というわけで、Google×著作権問題のまとめをそろそろ書こうかと主んですが、その前にまずは前フリをば。
この話、いろんな人に話して毎回驚かれたんで、もしかしてまだあんまり多くの人が気づいてないのかなって思ったので、以下掲載することにしました……実はですね、新城はGoogleのユーザじゃなくて労働者なんですよ
X「あぁ!?」
S「つまりですね……しばらく前に『どうしてネットでは情報が(ほぼ)無料で手に入るんだろう? なぜGoogleは無料で検索させてくれるんだろう?』ということを考えてて……出た結論は、

  1. Googleの検索は『無料』ではない
  2. たとえGoogleの貼り付けてくる広告をすべて無視したとしても、僕たちは何らかの『対価』をGoogleに支払っている
  3. 単に、その『対価』がこれまでの経験や常識では計測しにくいものである

ということで」
M「じゃあ何なんですか、その『対価』って」
S「そりゃもちろん情報のやりとりtransactionそのもの、だよ」
M「????」
S「というか、その結果Googleが得をすること、かな。ここはGoogleを銀行に喩えると分かりやすいかも。銀行の本業って何だか分かるよね?」
M「お金を貸して利子で儲けること、でしょ」
S「そう。でも、銀行の窓口やATMに日々立ち寄る『普通の皆さん』にとって、銀行ってのは何をしてくれるところに見えてると思う?」
M「……お金を預ける場所?」
S「より正確には、お金を安全に預かってくれると約束してくれるうえに、利子までつけてくれる処、かな。つまり無料サービスどころかお金をくれる赤字出血大サービスな場所だ。(もっとも最近は利用にお金をとる時間帯があるんだけど、たしか昔はぜんぶ無料だったはずだ。)それと同じで、日々Googleに触れる一般ユーザから見ればGoogleの本業は無料サービスのように見えるだろうけど、彼らの本業はあくまでも広告業なんだから。
サイトやRSSを含むあらゆる情報(=ブラウザ画面)は、Googleにとっては潜在的な『広告を貼り付けるための面積』にすぎないんだ。しかも順位づけrankingが可能な。
じゃあ、どうやって順位を決める? Googleが自前でやる? そんなんじゃあ人件費がかかってしょうがない。そこで無料サービスのお出ましだ。『面積』の内容の善し悪しはユーザが閲覧すればするほど……ネットワーク外部性がプラス*1なので……いっそう判別・判明しやすくなっていく。たくさんの人に幾度も長い時間閲覧される『面積』は『良い面積』であり、ならば広告を掲載する価値は上がる。ユーザの行動を経由して情報/知識の価値を把握するのがGoogleのメカニズムの本質なんだよ。壁に当たって跳ね返ったボールの行き先と選手の動きを観測することで、ボールの物理的特性を算出する計測器みたいなもんで」
X「そんな話は、よっぽど頭の固いおやじびとじゃないかぎり、もうみんな分かってるだろ」
S「と言われても、いちおう、このブログはおやじびとの皆様にも読んでもらおうと思って書いてるんで……まあそれはともかく先を続けます。
Googleと人間の関係を図式的に表現しようとすると、たぶん普通は

  • Google社内で給料もらって働いてる社員
  • Googleという検索サービスを無料で利用してるユーザ
  • Googleにお金を払って広告をうってる人や会社等
    • その結果、売上が伸びた人/会社等
    • 経費がかさんで、かえって儲けが減った人/会社等
  • Googleなんか見たことも触ったこともない人

みたいな感じになろうかと思うんですが、新城の分類法はちょっと違ってて、Googleと人間の関わり方には大きく分けて2種類しかないんですよ:

  • Googleと何らかの(相互)関係をもったことのある人
    • 上記行動によって手持ちのお金が増える/増えた人
    • ±0の人
    • お金が減る/減った人
  • Googleに関わったことがない人

……肝心なのは、Googleと関わってお金が増えるか減るかじゃありません。ひとたびGoogleと何らかの(相互)関係をもったら、もう二度と元には戻れないってところなんです。
つまり、Googleを用いて一度でも検索をした人はそれによってGoogleの便利さを『改善』したことになるうえ、自分が検索をしたという事実をゼロに戻すことは原理的にできない。Googleは貴方の検索結果を参考データとして、ほんのちょっとだけ以前とは異なった状態へと遷移しているし、それはおそらく検索システム全体にとっては『有益な状態遷移=改善』なんです。貴方は、ググることはできてもググり戻すことはできないんですよ*2
X「ふむふむ。ようするに、Google経由の情報空間には一種のラチェットが組み込んであって、連中の情報蓄積作業の歯車を俺たちが勝手に逆回転はできないようになってるんだな」
S「そうです。Googleは、ユーザである僕たちの『判断』を残らず吸収し、それを栄養源として成長し続けてる、とも言えます。それはGoogle自身に対する悪態や嫌悪感さえも栄養にしてしまえるんです」
X「そのへんはあれだな、おまえが以前から興味を持ってるharmful sensationの問題とも繋がってくるわけだ」
S「そういえばそうですね。……ちなみに、上記の議論はすでにBenkler氏なんかが例の『Coase's Penguin』とか『The Wealth of Networks』で展開してる内容の敷衍というか、新城なりに咀嚼したうえでいろいろ比喩をあてはめてるんですが。
でも、今ここで説明したメカニズムをよく解ってないっぽい人たちが、『無料なものはすべてイカン!』とか『価値ある情報にはお金を払うべきだ!』とか言ってて、うーむ話がズレとるなぁと最近とみに思うわけです。
情報は決して無料になったんじゃないんです……未だかつて無料だったことはないし、これからも無料じゃないんです……一見無料で情報を入手してるユーザたちは、間違いなく『何か』を『どこか』に支払ってるんですよ……ただ、その『何か』は直接的な料金じゃないし『どこか』というのは情報を作ってる人の懐じゃないかもしれないっていうだけで。
新城をはじめとするGoogleユーザは、Googleに栄養を与える代わりにいろんな情報をもらってくる。お金を経由してはいないけど、それぞれお互いに欲しいものは手に入れている*3Googleのおかげで……もしくはGoogleのせいで……広告/営業/物販/移動/輸送/検索/読書/放送/買物/消費/参加/分類/思考という行為は、互いに区別がなくなりつつある。あと、もしかしたら労働や信仰といったものも。ちょうど、ここ数十年の世界的金融ビッグバンやら何やらで銀行と証券と保険の垣根が低くなって融合し始めたように」
M「そのせいで色々ひどいことにもなってるような……」
S「うーん。だからこそ一部のネクタイびとは反発してるのかもね。心情的に。あるいはもっと直感的に、Peer productionっていう思考枠組自体を、心のどこかで納得したがってないのかも」
X「そういえば俺、Benklerを読んで"peer production pressure"っていうギャグを考えたよ」
S「なんですかそれ」
X「たとえば『どうして君はもっと利他的に生産しないんだい? どうして? どうして?』『あなた、もっと無償で参加しましょうよ、ねえねえ』みたいなことを友人知人親戚同僚から言われまくって神経衰弱になっちまう、という」
M「……なんかそれ、本当にありそうですね。すでに」
S「ちなみにpeer pressureの日本語訳って『同調圧力』でいいんですかね? なんかもっと適切な言い回しがあったような」
X「『村八分(への恐怖)』じゃダメなのか」
S「うーん今イチ……」
M「『場の空気(を読む)』は?」
S「ちょっと違うな〜」
X「その話は後でしようや。ともかく、おまえの話を一文でまとめれば、人類は今やGoogle農奴ならぬ脳奴になってる、ってことか」
S「そう言えなくもないですが」
X「なんかノー・フューチャーな感じだな。よし、次回は俺が、とびきり明るいGoogle様の未来を披露してやろう」
杉下右京「はいぃ!?」
X「そういう細かいギャグには一切のらないで、ずんずん説明してやるからな。覚悟しとけ」


090314追記:
等と書いた翌日に、二つほど興味深いニュースというか発見がありまして……

  1. Googleをググり戻すエレガントな方法があるよ、というブログのエントリ:
  2. GoogleMarsが「生中継」になりました、という報道:

*1:御存じのない方への注:「使えば使うほど次からもっと便利になる」というような意味です。

*2:ただし最近はScroogleのように、Googleへデータを渡さずにいろいろ検索することは可能になってきているようですが。

*3:このへんのシステムの合理的帰結については、こちらのエントリもご覧ください。