『15×24』無料先行ロードショウ/演奏(の第1週)を見逃した方に

S「というわけで、もうあと数日、2200時の演奏ができないかもしれないので、お詫びに(BGM抜き&ちょっと短めで)これまでのまとめをば」
X「ここ数日お詫びばっかりだな」
S「どきっ」

15×24【イチゴー・ニイヨン】

                             新城カズマ




                     【】=フリガナ、傍点指定等






【初頁】



知ってる?

世界には
      三つだけ
        ほんとうのことがあるんだよ。






【改頁】





パート1 例のメールが届く前





【改頁】


徳永準【トクナガ ジュン】 2005.12.31 07:49-07:59

 朝だ。
 目が覚める。七時五十分ちょっと前。最高にすっきり気分。
 なぜって、今日ぼくは死ぬことになるんだから。

 ひとりで死ぬわけじゃない。といって心中でもないけど。理由はいろいろあって――でも本当のところは一つだけ。
 ぼくは、今日、自殺する。
 ネットで知り合った、名前も顔も知らない誰かといっしょに。
 その誰かのために。

 ベッドから起きる。
 目覚まし時計は、鳴り出す前に止めた。勉強机の隅のデジタル表示、余裕たっぷり。ぼくは不思議な気分になる。人生最期の日なのに、時間だけは余ってるなんて。
 他の人なら、こういうのを運命的暗示っていうんだろう。ぼくはそういうのは信じない――どっちかっていうと。
 カーテンをあける。窓のロックを解く。ぴりっと凍った風。
 準備しておいた服に着替える。チェックのシャツとジーパン、白のダウンジャケット。体がとっても軽い。お腹も痛くない。すごい。すごいぞ。こいつは素敵だ。自殺するって決めただけで、こんなにも爽快な気分になれるなんて。もっと早くにこうしとけばよかった。
 でも、そんなわけにもいかなかったのは当然のことで――つまりぼくがネット心中するって決めたのは三日前の夜、あの書き込みを見たからなのだし。
 じゃなかったら、今ごろまだ胃痛を抱えながらウジウジ悩んでただろう。そしてそのまま、陰鬱な新年を迎えてただろう。
 けれど。そうはならなかった。
 今日、ぼくは自由だ。
 自由になったんだ。
 ぼく自身から。

 大きく伸びをしてから、階下【した】のキッチンへむかう。
 思ったとおり、母さんたちはまだ起きてない。廊下も、中庭も、食堂も、応接間の偽物マントルピースも、行儀のいい静寂でぼくを迎える。
 牛乳をレンジで温めて、コップ一杯ぶん飲んでから、ぼくは出発する。表門を出る時、やっぱり無意識のうちに看板を見上げてしまった。

    徳永医院   内科・小児科・皮膚科・産婦人科
              (母体保護法指定医)

 でも今日はだいじょうぶ、ちっとも胃は痛くならない。すごい。ほんとに最高だ。ぼくは思わず口笛を吹く。お気に入りのL'Arc~en~Ciel。朝の冷たさが、頬を親しげに叩く。
 すばらしい冬空、すばらしい気分。
 ぼくは死ぬ。ぼくは死ぬ。
 今日を限りに、ぼくは解放される。
 おまけにそれが人助けにもなるんだから。




笹浦耕【ササウラ コウ】 07:59

 その時間、オレはまだ爆睡中だったね。
 そりゃそーでしょ。大晦日だよ? なんで朝の八時前に起きてなきゃなんねーのさ。そもそも例の自殺メールもまだ届いてなかったし。
 あ。正確にいうと『自殺予告メール』か。
 それとも『ネット心中予定の通達メール』ってのかな。わかんねーや。まあ、それはそれとして。
 とにかくオレはちょうどそん時、夢を見てたわけですよ。小学校ん頃のオレ。と母親と妹と親父の登場する夢。しょーもな。
 もう六年も前だよ、全員そろってたのはさ。
 家族ってのはおかしなもんだ。とオレなんか思うけど……あ、べつに意見を押しつけようとか、そういうんじゃないよ。みんなそれぞれ考え方違っててもいいし。オレの考え、まちがってんのかもしんねーし。
 それはともかくオレがそん時想い出してたのは、つーか夢に見てたのは、自分の誕生日のでっかいケーキをみんなで切って食べてるシーンで、なんかほんと映画の一場面みたいで、ちょっとソフトフォーカスんなってて、それをぼーっと眺めながらオレはそんなふうに思ったわけですよ。家族っておかしなもんだよなあ、って。
 なんでかって?
 うん。
 なんでだろな。
 オレもよくわかんねー。つーか、そん時はよくわかんなかった。でも後からいろいろ考えたら、つってもそんなに後じゃなくってその日の夜から翌朝、つまり元旦にかけてなんだけど。
 とにかく、次の日の朝までに何だかんだであれこれ考える機会があったわけ。で、考えてみた。
 結論。
 家族ってさ。
 血のつながってる他人なんだよね。
 もちろん世の中には血のつながってない家族もあるよ、あるけどさ。ま、ちょっとそれはおいといて。うちはそうじゃなかったし。
 それから「他人」ってのは、べつに、縁もゆかりもない冷たい関係、とかそういうんじゃなくて。
 なんつーの?
 他の人?
 自分じゃない人間?
 うん。そんな感じか。
 自分じゃない、自分とは別個の、独立した人間。
 でも血はつながってる。
 つながってるって何が? いっしょに晩メシ食べた思い出? 顔とか仕草が似てること? 役所の戸籍で? 血液型で? DNAで? 以上の条件すべて?

 知らねーよ。ほんとのところ。

 クラスメートだっていっしょに晩メシくらい食うだろうしさ。血液型が同じやつなんて、いっくらでもいるし。顔も整形できるし。DNAなんか人類似たりよったりだぜ。十万年前のアフリカのどっかで、ミトなんとかイヴから始まってんでしょ、みんな。
 で、家族。
 でも、家族だ。
「何か」がつながってんだよね。まあ、クラスメートとかアフリカの人とかよりは。
 そういうつながりの関係があって、いっしょに暮らしてて、でも場合によっては別々に暮らすことになったりとか。オレんちみたいにね。だからっつって、離れて住んだだけで縁が完全に切れちゃうかってーと、そういうもんでもないし。
 だからさ。不思議なもんだなあ、って。
 うん。そうだ。「おかしな」じゃなくて、「不思議」なんだ。
 家族ってのは。

 ――とまあオレはそん時、あんまり自覚してなかったけども、おおざっぱに要約するとそんなよーなことを感じてたらしい。六年前の誕生日の夢を見ながら。
 で、そう思った時にオレ、寝返りうったぽくって、あとで見たら床に文庫本が落ちてた。開いたまんま落ちたんでページ曲がっちゃってて、やべえ、しのぶさんになんつって言い訳しようかって思った。のは憶えてるぞ、ぼんやりと。でもそれはもうちょっと後の話ね。
 で、ともかく。
 寝返りうった時は、ほんの一瞬、オレ、目が覚めてた。
 ような気がする。
 よくわかんねーけど。
 でも夢ん中で『あ、ケータイ鳴ってやがる』って思うこともねーだろ。だからたぶん起きてたはずだ。ちょびっとだけ。
 ほんというと、ケータイはまだ鳴ってなかった。着信記録もなかったし、あとで見てみたら。
 でも。
 もしかしたら、ほんとは鳴ってたのかもしんない。
 虫の知らせってあるでしょ。あれですよ、あれ。人間の感度ってそんなに良くないけど、でもそういうことあるじゃん。
 だから機械だって、なんかの予感を受信するぐらい、あるかもしんない。だろ?

 でもオレ、またすぐ寝たんだ。
 だって着信のとこ光ってなかったし。それに体力も温存しないとさ。だってその日は大晦日で、イブの夜は事情があって、しのぶさん会えなかったんだけど、その振り替えデートってことで。つまり今度こそオレ、しのぶさんと初エッチできんだから。
 いや、できるはずだったんだけどね。




徳永準 08:29-08:39

 ぼくの心中(?)相手は、女の子だ。
 たぶん。
 でも、なにしろ今日会うのが初めてなんだし――そもそもネットの掲示板でぜったい本当のことを書かなくちゃいけないってルールもないから、もしかしたら男かもしれないし、七十過ぎのお爺さんかもしれないし、陽気なアメリカ人かもしれないし、もしかしたらクラスで隣の席に座ってるやつかもしれない。
 でも、ぼくにとってその誰かさんの代名詞は〈彼女〉だ。
 どうしても女の子と一緒に死にたい、って意味じゃない。
 単に、〈彼女〉の言うことを、ぼくは信じることにしたってだけだ。

 その掲示板は、ぱっと見ただけじゃ、トリビアみたいな雑学を自慢し合うだけの普通のサイトで、自殺志願者が仲間を募るためのシステムとは分からないようになってる。実際、半分くらいは本当のトリビアが書いてあって、案外、ためになったりする。名前も〈とりびあん相談室〉って、いかにもバカみたいな軽い感じ。ちょっとわざとらしすぎるかもしれないけど、きっとこれくらいがネットにはちょうどいいんだろう。
 そのページを誰が設置したのか、それはわかってない。少なくとも、そこに書き込んでた人たちはみんなそう言ってる。
 つくった人が誰であれ、少なくともぼくは心から感謝してる。なぜって、その人がぼくを――そしてもうひとりの人間を――救ってくれたことになるんだから。
 別の噂サイトで教わったとおりに、ぼくはやってみた。まずIDを取って、適当な話題に返事【レス】をつける。しばらくすると、連絡用の捨てメアドが簡単な質問項目付きで送られてくる。返信すると、さらに次のアドレスと質問。そうやってだんだんとこっちの本気が主催者側に伝わってゆき――十数回のやりとりの後、掲示板で使ってる隠語の一覧ファイルと自動変換ソフトが手に入った。
 そこから先は、ほんとに魔法みたいだった。
 突然に、それまでつまらないトリビア書き込みが、意味をなしてくる。アフリカ象の鼻水の量に関するスレッドが、実は宮崎県で死にたがってる四十代の主婦からの相談事だってことがわかる。東京都の水道管の総延長を割り出す式は、睡眠薬の最適摂取量を計算する方法に早変わりする。
 ぼくの指先で、あらゆる無駄話が変換される。すべてはすり変わってゆく。死について、誰かの悩みと苦しみについて、終わらない痛みの終わらせ方について。
 いくつかのスレッドはどこまでも長く続いてて、たいていのは数十回の応酬で終わってた。
 誰かに相談しただけで気分が落ち着いた人、定期的にいなくなっては「死にたいんです」と戻ってくる人、ただの冷やかしの人(これは一人だけで、もしかしたら主催者側のしかけた周到な罠なのかもしれなかった)、新しく入ってくる自殺志願者を必死で止めてまわってる人。
 ぼくはちょっとだけ楽しくなった。
 楽しく、っていうのは語弊があるかもしれない。ぼく自身のことをほんの少しのあいだだけ忘れて読みふけってた、というほうがたぶん正しいんだと思う。
 最初の目的は、そうじゃなかったんだ。ぼくは死ぬことについて、苦しみについて、じぶんでじぶんの苦しみを終わらせる方法について、調べていたはずだったんだ。
 でも、マウスをクリックするぼくの指先は止まらない。たくさんの人が、ぼくと同じことを――あるいはまったく別のことを――考えて、悩んで、打ち明けてる。それだけでぼくの人指し指は止まらなかった。
 何も書き込まず、深夜の自室で、ぼくはひたすら読み続けた。
 そして、彼女に出逢ったんだ。

ひとりで死ぬのはこわくって、
でもひとりで生きてるのはとってもつらいんです。

 そんなふうに、その書き込みは始まってた。
 その人――ハンドルネームは〈17〉で、『いちなな』って読むらしい――はどうやら「常連」らしくって、ほとんど誰も真面目に相手をしてなかった。例の「止め役」の人さえ、かなり投げやりな書き方だ。
 だから、かえって気になったのかもしれない。
 彼女(といってもネットだから確かめようはない)の書き込みで始まったスレッドは、すごく長くなってて、しかもいつだって一番上にあった。
 単にレスをつけると、スレッドは自動的に上がる。〈相談室〉では、基本的にスレッドを上げない決まりなので、「下げる」指定をしてレスをつける。それでも、時には手違いや嫌がらせで上がってしまうことがある。たいていは嫌がらせで。
 だから、これだけたくさんのレスが(まるで遺伝子改造しすぎた巨大ブドウの房みたいに)ぶら下がってて、それでもいつも一番上にあるということは――それだけ内容が不評だってことだ。晒し上げ、というやつだ。
 そして実際、〈17〉への反応は悪いものばかりだった。何度もしつこいんだよとか、もう来るなとか、自殺未遂おたくは帰れとか、条件が細かすぎるぞとか、まじめに死にたがってる人たちの邪魔だろとか。どうやら以前にもここで誰かを募集して、でも当日に決行しなかったらしい。
〈17〉の条件が多かったのは、事実だ。
 死ぬ時刻と場所はあらかじめ決まってる。でもそれは当日まで教えない。当日は、定期的に連絡をしなくちゃいけない。もしかしたら急に時間変更があるかもしれない。自分の自殺の動機はここでは言うことができない。等々。
 画面を見つめたまま、ぼくはしばらく考えた。
 自殺志願者用の掲示板でさえ、のけ者にされてしまう誰かについて。
 のけ者にされることがわかっているのに、細かい条件をつけてしまう誰かについて。
 そんな条件をつけざるをえない、その人のつらい事情について。
 その人を苦しめている、何かについて。

 ――そしてぼくは返事を書き込んだ。
 実をいうと初めてのことだった。ネットで誰かにレスしたのは。

        *

 新宿駅が近づいてくる。ぼくを乗せた電車は、屋根付きの、ほの暗いホームの中へと吸い込まれてゆく。細長いトンネルの中へ。
 ふと、前に見たテレビ番組を思い出す。
 臨死体験をした人たちの話だ。
 事故に遭って心臓が止まったり、場合によっては脳波も感知されなくなったような人たちが見た光景――どこともわからない、冷たい暗いトンネルを抜けて、明るい花園へ。もしくは強烈な光の中へ。そういうイメージは、じつは母親のお腹の中から出てきた瞬間の記憶が元になってるんです、というのが番組の解説だった。危険に直面すると、いちばん古い記憶まで総動員して何かうまい逃げ道はないものかと脳自体が模索するんですよ、と。
 それはひどく印象深い話だった――この世に生まれてくるのと、退場するのとで、同じような光景を見てしまうなんて。
 今日、死ぬ瞬間に見えるのも、まぶしい光なんだろうか?




伊隅賢治【イスミ ケンジ】 04:58-08:49

 ……ボクが自宅を出たのは明け方、五時前。
 家族はもちろん気づかない。ボクに関する重要な事柄は、なにひとつ彼らは気づいてない(正確には、意図的に気づかせていない)のだから当然といえば当然のこと。
「なにひとつ」というのは比喩じゃなくて、本当に一つもだ。
 たとえばボクの読書遍歴について。(ちなみにこの「遍歴」というのは、ボクのお気に入りの単語の一つだ――たっぷりとした時間と空間がぎゅっと圧縮されてる感じがする。)人が死ぬ小説を、ボクは子供の頃からたくさん読んでる。それも、ただ死ぬんじゃない。たくさん死ぬだけのも論外。特定の重要なキャラが手間ひまをかけて殺されるのがボクの好みだ。死んでゆく者の最期の描写が詳しかったり、長い科白があったりするのがもちろんベストだけど、そういうのはなかなかお目にかかれない。その点で、いまのところトップ3に頻繁にランクインするのは『カラマーゾフの兄弟』だ(ランキングは毎月やりなおしてる……当然ながら、すべて頭の中でだ。どこかに書き残したりはしない。そんなヘマは、ボクはしない)。『罪と罰』もいいんだけど、殺人がちょっとばかり早く発生しすぎる。それから『ジェーン・エア』と『レ・ミゼラブル』。あんまり世間では喧伝されてないことだけど、どちらもきちんと手間をかけて人の死ぬ様が描かれている。スティーヴン・キングは、どれもかなり良い。上手い、と言うのが正しい表現だろう。いわゆるミステリの類いは、殺されてからが本題の始まりというのが多いのであんまり好きじゃない。黄金期初期のやつや倒叙ものには悪くない作品が時々あるけど、あくまで例外だ。だからボクの本棚を誰かが見ても、最近はちょっと珍しいくらい古風な、けれどあくまでもふつうの「お堅い文学好き少年」としか思わないだろう。当然ながら、誰かに見せることなんかないけど。
 それからボクの映画の趣味もだ。たいてい劇場で観るだけでレンタルはしない。パンフレットも買わない。記録が残るからだ。あとはTVでやるのをじっと待ってて、録画して、十回くらい観て全シーンを憶えたら消す。たとえば『ゴールデン・ボーイ』。『ドーン・オブ・ザ・デッド』。『バイオハザード』。『ディア・ハンター』も念のため消した。『バトル・ロワイヤル』を観たのは中一の秋だった(これは春に卒業した部活の先輩が借りたんで、先輩が恋人と住んでるっていう噂のマンションまで遊びに行って、みんなで観た)。本物よりも噂のほうがすごかったせいだろうか、あんまり驚かなかった。というより、ふつうに良い青春映画だった。むかし国会で問題になってたんだぜ、って先輩は楽しそうに吹聴してたけど、たぶん議員さんたちは本物を観もせずに噂のほうにむかついたんだろう。『レザボア・ドッグス』や『ナチュラル・ボーン・キラーズ』も、同じ頃に観た。なかなか悪くない出来だ。でも一番気に入っているのは(すくなくともボクの中のランキングで上位に居座り続けるのは)大人たちが神経を尖らせてるホラーでもバイオレンスでもなく、世間的にはごくふつうの「良い映画」……『ファーゴ』という作品だ。こいつはすごかった。さっき「重要なキャラ」っていったけど、それはべつに社会的な重要人物という意味じゃない。あくまでも事態の焦点になっている人間、読者と作者が(もしくは観客と監督が)注目している「対象」ということだ。だから、田舎町にやって来たどうしようもない小悪人たちが無駄な犯罪をくりかえしたあげく無意味に仲間割れして死んでゆく……というだけでも、じゅうぶんに観る価値のある「対象」になる。
 ボクが映画のドラマ部分に感動してるとは思わないでほしい。ボクが見たいのは、あくまでも「眼前で死んでゆく人間」なんだから。
 本物を見たことは(残念ながら)まだない。写真や動画ならあるけど(ネットにはいくらでもころがってるし、記録が残らないようにダウンロードする方法もいろいろある)、そういう類いはノーカウント。ここで言いたいのは『死体の映像』ではなく『死』そのものだ。五感すべてをフル稼働させて、あらゆるデータをボク自身の中へ入力する、その一連の過程のことなんだ。映像は断片でしかない。全情報のほんの一部でしかない。
 ボク自身が誰かを殺す予定はない。当然ながら、野良猫や小学校の兎を殺したこともないし、殺したいとも思わない。ここのところは絶対に勘違いしてほしくないところだ。殺害行為ではなく、ボクは『死』に興味があるんだ。
 『死』そのものに。
 間違いなく(と、これは自分を客観視しているからこそ言えるのだけど)ボクは『死』が好きだ。魅入られている、と言ってもいい。そしてボクは、そんなふうに『死』に魅入られたボク自身を、たいそう気に入っている。
 ……ともかくそうしたわけで、ボクは大晦日の早朝五時前に自宅を後にした。必要な装備一式も準備万端。目的は当然ながら、『死』を間近に体験するため。対象は徳永のやつだ。
 徳永が何かを(おそらくは進路のことを)悩んでるというのは、夏休み前あたりからボクは勘づいていた。だからといって勘違いしないでほしいのは、べつにやつのことをボクが四六時中気にかけていたとかそういう話ではない。やつとはクラスが同じで、部活もたまたま一つが同じ美術部の絵画班で(どうしてボクが、ボク自身の嗜好にとってはより実用的な生物や化学ではなくて美術部に入ったのかは、すでにさっきまでの話でじゅうぶん明らかになっていると思うけれど……つまり、世の中で公認されている芸術作品を通して体感できる『死』のほうが、小動物の屍骸やスプラッタ映画よりも効率的で安価なんだ)、だからやつを観察する機会がじゅうぶんにあった。それだけのことでしかない。実際、どうして先生たちが(担任だけじゃなくて他の連中も)やつの自殺願望を見落としていたものか、もしくは見て見ぬ振りをしていたのか、ボクには不思議でしょうがない。
 もうひとつ言っておくと、徳永のやつが最終的にボクの「対象」に確定したのは、まったくの偶然だ。例の自殺相手募集サイト(それは以前にネット上の知り合いから教わったプログラミングの技を駆使して、今年の春に自分なりに巧みにつくりあげた〈罠〉の一つだ)で心中に同意した者たちのうち、休日もしくは休暇中に首都圏で決行することになった最初の組が、やつだったんだ。一介の高校生が(それも平日に)福岡や青森まで自殺を見物しに行くのは骨が折れるし、そもそも疑われやすい。だからボクはいくつかの組を、残念ながらパスせざるをえなかった。ちなみにこの募集サイト以外にも、ぼくはいくつか(近所の駅の近くや学校の新校舎の屋上、つまりボクがふだんから出没しても怪しまれない処に)そうした〈罠〉をつくっておいてある。あいにくとそれらは不発で、ネットのほうの収穫が徳永だったというわけだ。
 これはかなり幸運な組み合わせだった。徳永のやつだったら、むしろ屋上のほうにかかるのではとボクは予想していた。もちろんその場合でも対応できただろうけど、ボク以外の目撃者が増えていたかもしれないので、あまり理想的ではない。その点、自殺サイトは候補者も多いし、いろいろとからくりができるし(隠語一覧表を受け取って開いた時点で、参加者のパソコンはボクの仕込んだスパイウェアに感染して覗き放題になる)、効率的だと言える。ただし先ほども言ったとおり、あまりにも雑多な人間が全国から参加してくるため、ボクにとって理想的なシチュエーションがかえって少なくなってしまうのが難点といえば難点だった。
 ……ボクが新宿駅に着いたのは八時過ぎだった。徳永は中央線でやって来るはずだ(あいつの性格は分かっている)。そこからボクは、やつを『現場』まで尾行することになる。どこかの高層ビルか団地を使うのではないかとボクは予想している。あるいは安ホテルで睡眠薬か。車で移動されたら厄介だけど、状況次第ではタクシーで追うしかない。いずれにせよ、ここが唯一にして最大の不確定要因だ。徳永の相手、あの〈17【いちなな】〉というやつ。やつは相当に用心深い人間らしく、書き込みはいつも夕方、ネットカフェからだった。おかげでボクのスパイウェアたちは、都内各地にたむろする人種の生態について、知りたくもないようなディテールをボクに教えてきてくれるようになった。やはり、ちゃんと〈17〉の正体を特定しておくべきだったのかも――
 来た!
 徳永だ。八番線の階段から改札へむかってる。まちがいない。紺のオーバーではなくて、白のダウンジャケットを着ている。ぴったりボクの予想どおりだ。あいつの性格からして、自殺する時は白を着てくると思ったんだ。ほんの少しだけ自分の膝が震えてるのをボクは感じる。なるほど、こうなるのか。じつに興味深い。これも過程の一部だ。ボクは入力される機構になる。たくさんの情報がボクの中にたくわえられてゆく。ボクは観察する機械だ。機械にならなくちゃいけないんだ。
 ボクの体が自動的に動き出す。徳永の後を追って。距離は、直線にして約二十メートル。白のジャケットはいつもより早足で進む。ボクは平静を保ったまま自動改札を出る。ボクたちは明るい地上へむかう。目に見えない糸でつながれた、運命の両端として。
 そしてボクは望んでいたものを手に入れる。
 もうすぐに。




渡部亜希穂【ワタベ アキホ】 08:59

 目の前歩いてた白のダウンジャケット、いっきなり財布を落としやがった。大あわてでひろう。うーん、鈍くさいヤツだなあ。

 ……いけるかな?

 あたし、間合いをはかる。ちょっとドキドキ。
 白ダウンのそいつ、中肉中背からちょいやせ。まじめそうな髪型。うつむきかげんで、歩幅は小さいけど早足。うーん、都内の有名私立高、二年生ってとこかな。
 これ、なんか柔道とか剣道の試合みたいだなあって、いっつもそんなふうに思っちゃう。まずは相手を読むの。失敗しないようにね。カンペキには無理だけどね。だからすっごいキンチョーする。でもキンチョー感って気持ちいいでしょ。
 それに、悪いことだって分かってるぶん、ちょっと楽しいし。

 中学ん時、グループの先輩が言ってたので『アイスクリームはおいしいけど、それを食べるのが犯罪だったらもっとおいしくなるはず』ってのがあって、あたしこれすっごくカッコいい言葉だなあって大感動しちゃって、その先輩大ソンケーするようになっちゃったんだけど。つまりそういう感じなんですわ。おわかり?
 もちろん、必要に迫られてピケることもあるよ。てゆうか、そっちのが多いかな。コスメとか香水とかは生き抜くためのヒツジュヒン?てやつですから。
 あ、この『ピケる』っていうのはあたしたちの学校で使ってる呼び名ね。
 なんでそういうふうに呼ぶのかは、よく知らない。グループの先輩たちも知らなかったし。もしかしてピッケルでひっかけるみたいだからじゃないの?って森ちゃんは言ってたけど。
 あたしピッケルって見たことないし、そしたら森ちゃんもそんなのあたしだって知らねえよーって言ってたから。よくわかんないや。
 他の学校では、『パクる』とか『ギる』とか『トチカンする』とか言うんだって。
 ようするに万引きとか、スリとかのことなんだけど。
 なんか面白いよねー。きっと世界中で、ぜんぜんちがった、たっくさんの呼ばれかたしてるんだよね。
 で、これだけ呼ばれかたあるってことは、きっとみんなやってるってことで、たぶんとっても重要なこと。だからピケるのは、生活の知恵でもあり、ゲージュツでもあり、一子相伝のヒジュツでもあり。ちなみにあたしはグループの先輩(さっきのかっこいいこと言った人ね)に教わりました。でね、たまには楽しみだけのためにピケらないとだめだよってね、その先輩が。
 好きこそ物の上手なれ、っていうでしょ。

 それにさ、あたしより鈍くさい人間がソンザイしてくれてるってことが、すっごくうれしかった、てのもあんだよね。
 わかる? あたし、うちの学校そんなにレベル高いわけじゃないけど、てゆーか低いけど、そんなかでも下から数えたほうが早い?みたいな。ヤワラちゃんとか宮里藍ちゃんみたくに何かすごくできるわけでもないし。カラオケ下手だし。でもこれだけは、先輩もほめてくれるんだよ。ピケるのだけは。ね? わかるでしょ?
 才能だとは思わないよ。ジュンジョ、てゆーか、ジョレツの問題なのよ。
 つまり。あたしみたいなのにピケられるってことは、あたしよりも下なわけね。人間のジョレツとして。
 だからさ、きっちりピケってあげないといけないわけよ。身のほどわきまえる?だっけ。そのほうが当人のショーライのためにもなるし。あたしの幸せのためにもなるし。

       *

 だもんで、間合いをはかるあたし。
 アルタを左に見て、進行方向にはマルイと紀伊国屋。人通りは少ない……そりゃそうだわ、大みそかの朝だもんね……あたしだって終電ミスって、おまけに森ちゃんの部屋がいきなり使えないんでなけりゃ(森ちゃんたら元カレとヨリ戻しちゃったのよ。ちぇっ)今どきこんなとこぶらついてないって。
 雲のあいだから太陽がちらっと出る。ちょいまぶしい。これもあまりいい条件じゃない。でもチャンスはある。
 白ダウンはケータイに夢中、まわりに注意いってないのが見え見え。
 信号が赤になる。
 横断歩道は目の前、人がぼちぼちたまってふえてく。これは好条件。財布はズボンのうしろポケット。頭半分出して、あたしのことを誘ってる。
 いけるか?
 いけるのか亜希穂ちゃん十七歳(恋人募集中)?

 いけるいける、ファイト、ゴー!