実用書『物語工学論』でカットされた賀東×新城特別対談の中盤盛り上がり、どーんと一挙無料公開!

S「……ってことで。いいかな、賀東君?」
G「ええ、いいですよ」
S「では以下どうぞ〜」

【まずは「物語論(3)」と「賀東招二、物語工学する」のあいだ(p163)で……】

物語論(4)――アクションとドラマ

  • 新「賀東昭二にとってアクションの良さ、とは一体なんなの? 何が君をそんなに惹きつける?」
  • 賀「自分の表現的な何か……ダンスを踊るのと同じような感覚があるのかも」
  • 新「心理的なサスペンスなんかでは駄目なのかな? アクションにしても、二人がぐーっと睨み合って睨み合って睨み合って……みたいなサスペンス系とか」
  • 賀「そういうのもありでしょうけど、自分の好きなのは、体を動かす……自分の体が動き出すアクション。自分がやりたいアクション。俺がやりたいんですよ」
  • 新「そこだ。主人公と作者本人の関係というのは実に興味深い話題なんだけど――いろんな人に聞きたいなぁと思ってるんだけど、書きながら主人公に感情移入する? それとも、主人公の代わりに自分がそこにいる感覚? あるいはその二つはあまり違いが無いのかな?」
  • 賀「自分と主人公は同一視はしていないです。ただ、何かしら、どっかでかぶってはいるんだと思う」
  • 新「自分の一部分が増幅したり――」
  • 賀「主人公が欲情してるとことか、あまり書きたくないし(笑)」
  • 新「(笑)いや、そういう意味ではなく!」
  • 賀「(笑)多分、完全に切り離して考えている人だったら、あまり抵抗は無いんだと思うんですけど」
  • 新「あるいは、自分がそういう人間だと思っているのであれば」
  • 賀「格好つけたいとか……まぁ、ある程度は切り離して考えていますけどね」
  • 新「でもそこで本当にアクションしたいのは、自分である、と」
  • 賀「そういうアクションは自分がしたい」
  • 新「自分の代わりにやってもらってる、ということ?」
  • 賀「そうですね。ゲームの中のキャラを動かしている感じ? モンスター・ハンターやってますけど、でっかいモンスターを倒したあとに、でっかいドラゴンが、ばたーん!って倒れるんですよ。そうするともう誰にも頼まれてないのに、しかも誰も見てないのに、倒れかけてるドラゴンに背中を向けて、チャキっと剣をしまったりする(笑)」
  • 新「それは、君自身が、剣をしまうわけなんだろ?」
  • 賀「そうそう。後ろで、どどーん!って倒れる時に同時にジャキ!っと納刀」
  • 新「カメラがこっちから見てて」
  • 賀「そう、カメラがこっちからで、ドーンって。で、あぁ俺カッコイーってなる(笑)。でもその感覚って、みんなわかると思うんですよ。ゲームやる人だったら。やっぱ決めようとするじゃないですか? 特に慣れてくると」
  • 新「モンハンの抜刀アクションはそれだけのためにあるんじゃないかと(笑)」
  • 賀「(笑)どっかにあるんじゃないかと思う、その感覚は」
  • 新「映画とか映像がベースにあって、それを追体験したい欲望がストーリテリングの根底にある。例えば、できるできないという物理的な問題はとっぱらって、究極にやりたいこと、自分の身が置かれたい状況というのを何か一つあげろ、と言われたら何を選ぶ?」
  • 賀「バルキリーパイロットとか(笑)」
  • 新「(笑)それは既に戦闘中なのか、それともこれから出撃するのか」
  • 賀「戦闘中で。あのサーカスのすっごいアクションを、俺がやってる(笑)」
  • 新「それは局地戦? それとも……」
  • 賀「そりゃあ人類の命運がかかってる……」
  • 新「決戦で」
  • 賀「決戦ですよ。一生に一度は言ってみたい台詞、これしか無いなってのが昔からあって……“全機、俺に続け!”というのを言いたい(笑)」
  • 新「(笑)あぁ、あのシーンね。あの。わかるわかる」
  • 賀「いえ、特に具体的なシーンがあるわけじゃないんですが。ただ一度言ってみたい台詞とかで、タクシー乗って“前の車を追ってくれ”とかあるじゃないですか。それが俺の場合は“全機、俺に続け!”なんで。どうも何かたくさん率いているらしい。しかもみんな何かに乗ってるらしい(笑)」
  • 新「で、これがもう決戦で」
  • 賀「うん、決戦ぽい。“この戦争を終わらせるぞ”という。もちろん俺が先頭にいるんですよ。みんな編隊を組んで、ついてきてて」
  • 新「コックピットの、このへんに、恋人の写真とか貼ってあって」
  • 賀「そういう、自分がカッコいいことしたい!っていう願望がありますねー」
  • 新「君のカッコよさのツボは、そこなんだ。大編隊を率いて……」
  • 賀「別にそれだけじゃないですけど。まあ欲望としてはすごく男の子的な」

――新城さんはそういうの無いんですか。

  • 賀「あんま無いっぽいですよね……全機率いて戦いたいとか」
  • 新「まぁ、全機率いて、というのは無いなあ。もちろん、いわゆるヒロイックな場面というのは確かに自分でもやれたらなぁと思うことはある。それこそ宇宙船に乗ってピュー!とかね。あるんだけど、逆にたくさんありすぎて、ベスト1が選べないのか、それとも……うーん。(しばらく考えてから)これは小説を書くことと繋がっているのかどうか、よくわからないけど……今の話を聞いてふと思い出したのは、昔からこういう風に死にたいなぁというシーンはあるよ。南の島の浜辺で、溺れてる子供たちを助けて死にたい」
  • 賀「カッコいいじゃないですか!」
  • 新「一人助けるんじゃなくて、二人か三人くらい助けたい。自分一人が死んだ時にブラス1になるくらいでいいや、みたいな」
  • 賀「俺はやっぱ、大々的に特攻するようなシチュエーションがいいなあ。しかも本当に全人類を救うような局面(笑)」
  • 新「でかいなー(笑)」
  • 賀「一人とか二人とかじゃなくて」
  • 新「僕は二人くらいでいいや」
  • 賀「物理制限とか無視ですよ?」
  • 新「制約なしって言われてるはずなんだけど、なぜか二人くらいなんだよね」
  • 賀「もっと派手にいきましょうよ! 制約ないんだから。異星人の巨大メカがいて、ものすごいビームが出るところに最後に突っ込んで『うおーっ!』。すべてが光となって、後はUFOはブワーって爆発するんだけど、それも俺どっかで見てて」
  • 新「カメラ切り替わってるのか(笑)」
  • 賀「盛り上がってて死んだらプツッって終わるのは嫌なんです」
  • 新「そこから作者の視点に切り替わってるんだな」
  • 賀「その後の話も観ないことには気が済まない(笑)。死ぬことがなんで嫌なのかというと、全部それに尽きるんですよ。俺、ホント死にたくないです。これから何万年も生きていたいですよ」
  • 新「それは僕も感じる。死んでもいいんだけど、死んだ後のことは知りたい」
  • 賀「そうそうそう。オチを知りたい!」
  • 新「そうそうそうそう!」
  • 賀「人類のオチを」
  • 新「死んだ後のことを体感できるんだったら、いつ死んでもいい(笑)」
  • 賀「100年後の日本とか知りたいんですよ、とても」
  • 新「10億年後くらいも」
  • 賀「10億年後、地球がどうなってるかとかね」
  • 新「けっきょく最後どうなるの?みたいな」
  • 賀「それを知ることなく終わってしまうのが、とても残念でならない」
  • 新「その感覚はすごくよくわかるなあ」
  • 賀「37歳にもなって、敵の要塞に突っ込んで死にたい!とか……人としてどうなのよ?って(笑)思わなくもないですが」
  • 新「や、それは人間として正しいと思うぞ。以前、何人かの編集者さんに聞いた話で……たまたま女性が多かったんだけど……でも皆、何歳になっても『白馬の王子様が来てくれる』と心のどこかで信じてる人がけっこうたくさんいた。それは、人間として非常に豊かなことだと思う」
  • 賀「そんなものは無いよ!なんて、シレッと言っちゃうんじゃなくて」
  • 新「そう信じてたほうが人生楽しいんじゃね?みたいな」
  • 賀「まぁ、そうは言っても宇宙人は来てくれないんでしょうけどね。しかも敵対的なやつは。……そういえば『V』リメイクするみたいですね」
  • 新「え、そうなんだ!」

(以下グダグダな世間話)




【そして「賀東招二、物語工学する」と「ライトノベルについて」のあいだ(p165)には……】

物語【ストーリー】は(なぜ)必要なのか……そして語り手【ストーリーテラー】は?

  • 新「なぜ人は物語を欲するのか、と君は思う? あるいは実はそんなに欲していないのか」
  • 賀「欲しない人は結構いるんじゃないですか? そういう人たちは本を読まないし、映画も見ないし」
  • 新「じゃあなぜ、我々は物語を欲するのだろう?」
  • 賀「そのあたりは最近自分も考えるんですよね……本当に自分は物語が欲しいのか?って。瞬間的なドラマは欲しいけど」
  • 新「よくできた物語と、疑似体験と、どっちが面白いんだろう? よくできた物語は疑似体験の疑似体験でしかないんじゃないか?って思わないでもない。さっきの全機突撃で人類を救う妄想じゃないけど。ゲームが発達して、技術的にも商業的にも発達しちゃうと、ものすごい疑似体験が可能になるんだよね」
  • 賀「できちゃいますね」
  • 新「よくできたストーリーが無くても十分に面白くなってしまう。実感というのは、それくらい直感的に人に迫ってくる」
  • 賀「えぇ。だから瞬間瞬間で……そんなに人間て過去のこと長く覚えてられないじゃないですか。昔読んで面白かった作品を語れっていわれても、ストーリーはうまく説明できない。でも、こんな人がいた、というのは言える。スターウォーズがどんな話だったかって言われるとアタフタするけど、ダース・ベイダーがどんなやつかというのは語れる」
  • 新「ベイダーを絵に描いてみて、と言われるとグチャグチャになる人は多いけど、動きをやってみて言われたらできるんだよ。『しゅこーしゅこー』って口真似するのは簡単」
  • 賀「印象なんですよね。結局、そこなんじゃないかなって。特にこういうジャンルでは。だから最近、ゲームばっかですよ。本より。モンハンでカッコつけてみたり」
  • 新「良い意味でも悪い意味でも、ゲームの疑似体験というのは本来の実体験と『ほぼ同じもの』として扱ったほうが便利なんじゃないか……という可能性を最近よく考えてる。ただし、この論理をあんまり突き詰めすぎちゃうと言論統制になっちゃうんだけど。ゲームの中の電子で出来上がった瞬間の中のアドベンチャーでできた仲間とかって、本当の高校の同級生とか、一緒に戦争行って戦ってきた仲間と、絆の深さで言うとどっこいどっこいなんじゃないかって」
  • 賀「たいして変わらないでしょうね。オンラインゲームとか」
  • 新「昔で言うところのメイルゲームとか、それこそ蓬莱学園とかも未だに付き合いがあったり、仲間意識があったりして、思い出すけど。これって物理上の体験と、想像上の体験と、深さは変わんないし。物理的だからって、想像上のものより深いってわけじゃないのかなって。そうすると、物語というのは、どこまで何をできるんだろう、していいんだろうって考える」
  • 賀「確かにその壁に今ぶちあたってるような」
  • 新「ほう。聞こうじゃないか」
  • 賀「結局、ストーリーなんて本当にいるの?って」
  • 新「(笑)ぶっちゃけたね」
  • 賀「最近のアニメとか受けてるものととか売れてるものとか見てて、否定する訳じゃないんですけど、もうそれが受けてるんだったら、ストーリーとかいらないじゃんて。俺らが頑張る必要があんまりないというか。かわいい女の子が出てきて、よく動いてればいいんだったら出る幕ないなあ、というか」
  • 新「ああいうものが次の時代のもので我々が時代遅れだということなのか、それともそれは間違っていてこっち(=我々の古い技法)が正しい?」
  • 賀「よくわかりません。間違ってるとは言わないけど、マイノリティなのかも」
  • 新「昔だったら物語を経由して手に入れていた何かを、みんな直接手に入れる方法を見つけてしまって、物語は間接的な回りくどい何かになってしまったってことかな?」
  • 賀「決して主軸ではないのかなって」
  • 新「それはすごくよくわかる。僕の今の問題意識にもすごく近い」
  • 賀「ストーリーテリングって言っても」
  • 新「ストーリーテリングとドラマティックであることと、感情移入できることって、実は微妙に違う」
  • 賀「違いますよね」
  • 新「で、ストーリーテリングというのはその中で一番面倒くさいやりかたなんですよ。ドラマティック且つ感情移入できて、しかも最後きちんと作って、時間の流れがちゃんとあって……。さっき言った一瞬のインプレッションに切っていいんだったら、時間の流れはいらないし、主人公はあなたですという疑似体験をしてしまえば、主人公を作り込む必要さえもなくなってしまう」
  • 賀「俺らのやることって、何か意味あるの? もしかしたらいらないんじゃないのか? というか」
  • 新「いらないってことは無いと思うけど、なんか僕たち面倒くさいことやってるよな〜、って」
  • 賀「みんなが見たがっているもの、欲しがっているものには、なれてないって。そんなに必要じゃないんじゃないかって」
  • 新「そこなんだよね。キャラクターさえいれば、ストーリーはいらなくなるという、我々にとってはものすごい矛盾なんだけど、ライトノベルの到達してしまった極北では、むしろそっちが新しいし当たり前。面倒くさくないし」
  • 賀「キャラクター小説って呼ぶべきだって昔言ってましたけど、キャラクターに出会うための手段でしかないので」
  • 新「そうすると、いわゆる小説という枠組すら要らなくなるんだよね。キャラクターさえいれば良いから、って」
  • 賀「ストーリーは必要なくなる。最近の系統ですよね。おなじみのキャラクターが出てきて、なんか話してるシーンがあるだけで。別に何か起きなくたってかまいやしないんですよ」
  • 新「僕もやっぱ『生徒会』シリーズに衝撃というか、何か地響きみたいなものを感じて、気にしてる。最近のラノベの中興の祖みたいに言われてるブギーポップやキノって、実はむしろ昔ながらのタイプの小説なんだよね。ストーリーテリングの比重がでかくて。ハルヒや生徒会や、らきすたけいおん!みたいな流れとは、間に分水嶺があるんじゃないかな。ハルヒも、1巻と2巻の間に分水嶺がある。1巻て実に古典的でよくできてる小説なんですよ。我々が言うところのストーリテリング」
  • 新「キャラクター、直接的な感情移入や変動みたいなものにいくんであれば、多分そっちのほうが手っ取り早い」
  • 賀「こういう子がいるよって説明して、しかも文章じゃなくて、1ページイラスト描いてもらって、それでこういう子ですってポンってキャプションつけといて。で上に女の子の似顔絵マークでも書いといて、会話続けたらいいんですよ」
  • 新「それってブログに非常に近いと思う。もしくはツイッターか」
  • 賀「あれでいいんですよ。今日は何がありましたとか、文化祭でしたとか」
  • 新「ブログまでいかなくても、その手前に脚本とか、会話だけの小説という手法は十分あり得ると思う。地の文はなぜ必要か、みたいなことを考えていくと、じゃあなぜストーリーは必要なのかということになっちゃう」
  • 賀「実はストーリーって必要ない?」
  • 新「うん、あんまり必要じゃないのかもしれない。少なくとも、いわゆる古典的な構造というやつは」
  • 賀「今そこでかなり悩んでまして……」
  • 新「もちろん、それを必要とする人はいるんだけど、本質的に必要か?というと」
  • 賀「そうじゃないかもしれない」
  • 新「その可能性は常に考えざるを得ない。たまたま今までは時間軸にそって変化するという手法でもって我々は楽しみに到達するわけだけど、今楽しみに直で行ける方法が見つかり始めてるような気がしないでもない」
  • 賀「もともと昔はそうだったのかなって気がします」
  • 新「あぁ」
  • 賀「大昔は――」
  • 新「――キャンプファイヤーとかね。火の周りで子供たち相手に話をしたり、オバケ〜!とか」
  • 賀「毎度おなじみのヒーローがいて、そいつらのキャラクターが重要なわけであって、別にどこで何をしたかなんてどうでもよかったのかも」
  • 新「そこは毎回作り直してもいいし。説明をするにしても、旅をしました、そして、ってどんどん先に行っちゃう。細かく作る必要は無かった」
  • 賀「この英雄ナントカは、どこそこ地方を何日かけて旅をした……なんてことは説明しなくていいわけで。それを突き詰めていくと、じゃあいらねえよってなるんですよね。江戸時代の歌舞伎だか田舎芝居だかで、客が退屈してだんだん騒がしくなってくると、義経出して……」
  • 新「あらわれ出たる義経公、さしたる用もなかりせば……って出てくるだけ出てきて、ヤンヤの喝采受けて、すぐ引っ込む(笑)」
  • 賀「何の脈絡も無く。時代も場所も違うのに義経出てくるとみんなワーって喜んで。で、その話聞いてると、ストーリーテリングとかしてるのが、すごい絶望的な気分になって(笑)あーもーでもそうだよねー、ほんとごめんなさい。ってなる。こんな泣き言みたいなこと言ってちゃいけないんだけど、お呼びじゃない感というのをすごく感じてて」
  • 新「小説の文字メディアとしての限界もあるかもしれない。アニメや映画は、実際に目の前に人の形をしたものが動いてたり、音楽が付けられるという強さもある。『けいおん!』は本編まだ見てないんだけどオープニングとエンディングは結構好きで見ちゃう。それは、動くことの気持ちよさが、ちゃんと再現されているからなんだよね」
  • 賀「気持ちいいですからねえ」
  • 新「ハルヒフルメタもそうなんだけど、動くことのリアリティ/迫真性をきっちり再現する技量というのは今ここまで来てるんだーって。それは感動した」
  • 賀「結局それは手作業任せなんですけどね」
  • 新「そこはそこで悲しい何かがあるんだろうけど。物語技法とは違う、身体感覚に近い技法というのが必要になってくるのかなって。あるいはそこはそこで複雑で精緻な、ドラマティックな何か技法の蓄積があるのかもしれんけど」
  • 賀「あくまで極論なんですが……ストーリーを作るような、我々のような職業は、相対的に地位がどんどん低くなっていくのかもなあって」
  • 新「元に戻るというかね」
  • 賀「先生様というのは無くなる」
  • 新「先生様というのが異常だったんだよね」
  • 賀「これまでが異常だった」
  • 新「もともと小説なんか読んでてお前らは!って」
  • 賀「これ、イジけて言ってるんじゃないんですよ。人が喜んだり感動したりする手段についての話で、絵や音や映像と比べて、別にストーリーテリングが高位にあるわけじゃない、ということについて自覚的になった方がいいんだろうな、というか」
  • 新「本質かどうかはおいといて、今の時点ではある程度の人口は物語を欲しているのは間違い無いんだよね。まだ。それがこれから減るにせよ。それがなぜだろうなというのは、常に考えたいし。僕自身が好きだし」
  • 賀「物語が欲しいというか、ヒーロー・ヒロインが欲しい。ドラマが、瞬間的に、欲しい。ということなのかな」
  • 新「それもあるだろうし、また正反対のところで、キャラクターは全くいらないけどものすごく作り込まれた物語とか、どんでん返しとかミステリーとか、ものすごいオチのあるショートショートとか、というのがまだあると思う。僕はそこに希望を見いだす」
  • 賀「例えば何かありますか?」
  • 新「地の文は必要なのか?という事をつらつら考えていた頃に、一方でキャラクター主義・キャラクターが重要であってストーリーはいらない、もう一方ですごく作り込まれたプロット・クライマックス・トリックがあってキャラクターがいらない、というのがあって。それら両端の二極ともう一つで三角形になってて、星新一ショートショートみたいなものがあるんじゃないかな。あれって、キャラクター性はすごく薄くてほとんど描写もないんだけど、でもものすごい作り込まれたものをサララってヒョヒョイってやるんだよね。複雑なことやるんじゃなくて。もうオチの一文が命で、そこへもっていくために400行付け足してみました、みたいな感じ。笑い話とかコントとかトンチとかシュールとか、すごい短い話というのが、三極目としてあるんじゃないかって。最近は気になってる」

――四コマ漫画とかが、それに順当しないんですか?

  • 新「四コマ漫画が、漫画で言うとそれにあたるのかな。風刺画とか」
  • 賀「ケータイ小説とかは?」
  • 新「ケータイ小説はまた特殊というか重要な現象で」
  • 賀「あれは小説というか日記じゃないですか。個人日記というか」
  • 新「よく作り込まれたフィクションなりストーリーとして咀嚼/摂取しているというよりは、身につまされた友達の体験話のふりをしてウソっこの話をたのしんでいる、という読者が初期は多かったような印象がある。鬼嫁漫画ナントカ特集!みたいな。最近の発達ぶりはまたかなり違ってきてるし、ぜんぜん分析しきれてないけど」
  • 賀「そういう話はみんな好きですからね。ワイドショーとか」
  • 新「その楽しみって何なのかね? 人の話を聞く楽しみ?表現する楽しみ?」
  • 賀「うーん、恐いもの見たさとか、ワイドショーとかで“こわいわーうちじゃなくてよかったわー”みたいな」
  • 新「逆向きの安心感みたいな」
  • 賀「悪趣味と思いつつ、その話題で盛り上がっちゃったりして」
  • 新「そこの盛り上がりって、作り込んだストーリーを経由せずに、行けちゃうんだよね。半分実話だか都市伝説だかみたいので。人の噂話とか」

――ただで見られる夢物語として、時々見たりしますね。

  • 賀「修羅場の報告スレッドとか。不倫して別れる別れないって、親も同席してすごいことになっちゃった、みたいな。いろいろあるらしくてね」
  • 新「キャラクターでいいっていう意見と、もう一つ、実話でいいっていう意見があって。その二つの意見が、徹底的に我々の前に立ちふさがってる」
  • 賀「あぁ、もうつらいです」

――ストーリーのいらなさ加減というのを、メイルゲームをやっていた二人から聞かされるのが意外なんですが。メイルゲームのマスターって、リアクションストーリーを多くの人は多分自分のキャラクターやNPCを描写の一手段としてしか見ていない気がしているので。

  • 賀「つまり話とかは、わりとどうでもいい……」

――かっこうよく活躍してくれたり、より性格の描写とかを深くするための手段でしかないから、そこに時間が加わると物語になるのかなって。

  • 新「もちろん、今すぐストーリーを廃棄せよってわけじゃなくて、ストーリーを経由しなくてもたどり着ける面白さみたいな方法が開発されつつあるのかもしれないという、ある種の恐れだよね。僕はストーリーを経由すること自体に楽しみを見いだしちゃうほうなので、まだそっちにいるつもりなんだけど。それ以外のルートが無い訳じゃないということについても注意を払っておかないと……特にこれから業界に入ってくる若い人たちは気にしてくださいね、と思ってしまう」
  • 賀「いろんなお約束事が決まってるのが、最近そうでも無くなってきているのが、実感としてある。物語の結末が一つじゃないとか」
  • 新「特にゲームではね。やりすぎちゃうと、ぐしゃぐしゃになっちゃうんだけど」
  • 賀「フルメタの結末、同時刊行で2バージョン出そうかと思ったことありますよ」
  • 新「(笑)」
  • 賀「かなめエンドとテッサエンドの二つで(笑)。今まで当たり前だと思ってたことがどんどん無くなっていってるよなって気がしていて。その中に起承転結があったりなだったり、ってのも実はあまり意味が無いんじゃないかなぁって。まぁ、考えがマイナーな気分になってる証拠なのかなぁって……(笑)」

作家「賀東招二」の正体(?)

  • 新「実は先ほどウィキペティアで賀東昭二の項目を見てみたんだけど、“日本の小説家、脚本家”って書いてあったんだ。かなり脚本家として認識されていて、評価を得ている部分があるような」
  • 賀「あぁそうだったんですか」
  • 新「君の心持ちとしてはどうなんだ? 現時点での賀東昭二って、『何をする人』なの?」
  • 賀「何でも書きますよって言う感じで。別に小説に限らないんです。漫画原作だって気が向いたらやりたいし、話はあったんですけどタイミングが悪かったからやらなかったんですけど。広く言えば“作家”でいいんじゃないですかね」
  • 新「小説とアニメ脚本やってみて、その違い、同じところ違うところは?」
  • 賀「それについてはいろいろあります。技術的な話もあれば、政治的な話もあるし」
  • 新「おぉなるほど」
  • 賀「かなり自分は変わった経歴なんで……」
  • 新「そもそも何がきっかけで? いつだっけ、最初にやったのは。フルメタだよね」
  • 賀「自分の原作ですよね」
  • 新「あれは何年だっけ……」
  • 賀「最初にゴンゾさんで作ってもらった所謂“無印フルメタ”というやつなんですが、あれは何もやってないんですよ。構成会議とかに顔出してただけです。だからあんまり自分の色は出てないんですけど」
  • 新「最初にアニメを作る側に自分が食い込んでいったていうか、入り込んだ最初の体験というと?」
  • 賀「“ふもっふ”からですね。ゴンゾ版も構成の時にアドバイスとかしてたんですけど、あんまり仕事したって感覚は無かったので」
  • 新「原作者が監修に呼ばれていきました、ぐらいの?」
  • 賀「無印で大事なことは、原作者がその場に居てニコニコしてることだったんですね。基本、編集者は作家が構成会議に毎回来るのって嫌がるんですよ。だいたいトラブルのもとになることが多いですから。それを心配してて」
  • 新「『俺の作品はこうじゃない!』(笑)」
  • 賀「ええ、そうなっちゃうことが往々にしてあるんで。最初の頃は『行くな』って言われてたんですけど、無視していってたんですね」
  • 新「行ってニコニコしてる分には、プラスなんだ」
  • 賀「いろいろ言われましたけど、そこへ行ってニコニコしてることが大事なんですよって言ったら、納得してましたけど。信頼関係ですよね。現場の士気も上がるみたいですし」
  • 新「原作者が認めてくれてるんだ!みたいな」
  • 賀「で、会議が終わったら飲みにいくじゃないですか。ぶっちゃけトークでわいわいやって」
  • 新「そういう時に例えば小説の裏話とかあの設定は実は……といった話もして?」
  • 賀「しますね」
  • 新「それはやっぱりプラスになるんだ」
  • 賀「なりますね。こういう意図だったんですって、だからあそこは遠慮しなくていいですよ、むしろなんとかしてほしいとこだーとか笑いながら言ってると、あぁはいはいって言ってやってくれたりね。結局、その時のことが後につながったんですよね。それでスタッフとうまくやってるというのを見て」
  • 新「この人は組める人だ、と」
  • 賀「そうするとプロデューサーの人とかも、じゃあ次の時はもうちょっとやってもらおうかって流れになって……。で、京都アニメさんと運命の出会いですね(笑)」
  • 新「最初の無印が何年だっけ」
  • 賀「2002年の夏。TSRが2005年です」
  • 新「仕事として関わった時は何をやったんだっけ。一番最初が……」
  • 賀「ふもっふの第1話ですね。『南から来た男』というタイトルで、新城さんに教えてもらった短編がもとですよ」
  • 新「あれ、いいよね〜」
  • 賀「いいから読め読めって言われて、押し付けられて。面白かったんだけど」
  • 新「僕は大好きです(笑)」
  • 賀「何となくそれをタイトルに使ってしまったという……。プロデューサーさんに次やるんだったら俺もシナリオ書きたいという意思表示はしてました。で、俺がやることになったんですよね。これまた編集部から相当難色を示されたんですけど、プロデューサーさんと共謀して『一本だけ! 一本だけ許して!』と。そのままなし崩しに増やしていって、気付いたら半分くらい担当してるという……(笑)」
  • 新「その時点では、『アニメの脚本は俺にできる!』と思ってた?」
  • 賀「思ってました」
  • 新「で、やってみてどうだった」
  • 賀「できましたね」
  • 新「(笑)小説とは本質的に違わなかった?」
  • 賀「人によると思いますよ。手前味噌で申し訳ないですけど、俺だからできたってところがあるのかなあ、と」
  • 新「映像の素地があったからこそ……」
  • 賀「たぶん」

小説と脚本の違いとは

  • 新「逆に、小説書くのに『この技法は必要だけど、脚本書くのには必要ない』みたいな技法って何かあるのかな」
  • 賀「ありますね。例えば……脚本の基本てのは、要するにわかればいいんですよ。あの映画のあの場面みたいな感じって書いてもいいんですよ。小説は書けませんよね」
  • 新「そこで疑問なのが、なんで小説でそれをやっちゃいけないのはなぜなのかって。単に今までやられてないってだけなんじゃないのって。たしかハルヒだったかな? 『綾波レイみたいなキャラだ』みたいな地の文があったような」
  • 賀「多分今の流れだったら、ありっちゃありかもしれませんね」
  • 新「それが効果的かどうかは別として、やっちゃいけないことは無いと思うんだけどね、僕も」
  • 賀「まぁみんな自粛してるんでしょうね」
  • 新「まぁ単に効果がないだけなのかもしれないけど。自分でやる気はないけど、でも誰か試してくれないかなぁとは思う」
  • 賀「すごいくだけたパロディ的な内容のものだったら自然にできるでしょうし」

――“生徒会の一存”でありましたね。“富士見ファンタジア文庫みたいな展開”という地の文。

  • 新「少なくともライトノベル界では、もう解禁になりつつあるのかな……そのことによって、小説技法を学ばない、つまり正拳突きをやらない言い訳になっちゃうとマイナスなんだけど。それ自体は技法として、もっと発展させたら、別の何かが出てくるような気もする」
  • 賀「あとは、意識的にやるのはシーンの切り替えですね。場面の切り替えが小説にくらべてすごい頻繁にできるんで。例えばロボットに乗ってるパイロット同士で戦ってるシーンなんて、ガンダムなんかそうですけど、めまぐるしくコックピットの位置が変わるじゃないですか。視点が切り替わりますよね。それは小説ではあまり無いですよね。誰か一人に視点を置いといてって感じで」
  • 新「それは書いてみて初めてわかった? それとも、書く前にそうするものだと思った?」
  • 賀「書く前に全然違うだろうというのはわかってたんで、映像も意識して書きました。ただ他の人のシナリオをたくさん読んでたかというとそれほどでもないです。わりと我流でやってて。ドルアーガでも言われましたけど、自分は変わってるみたいで、ト書きがやたら多いって。アクションとか細かいことの、ディテールとかに結構うるさいというのは、他の脚本に比べると多いと言われます」
  • 新「それは君自身にそういうこだわりがある、プラス、小説家だからということ?」
  • 賀「どうなんでしょうね。こだわりみたいなのはありますが。例えば脚本に注釈つけて、こういうのはNGとか、こういう場所ではやらないでくださいとか、全員同じ方向を向かないようにとか。あと、このキャラだけ笑ってない、とか。そういうのは書きました」
  • 新「脚本とコンテを同時にやってるような感じなのか、なるほど。絵として思い浮かんでるから、字で書く時に細かくなっちゃう」
  • 賀「演出は素人なんで、なるべく口を出さないようにはしてるんです。ただTVシリーズの場合、その回の担当の演出家さんが、キャラや設定をあまり知らないようなケースもけっこうあるんですね。これは業界のシステム上どうにもならないことなんでしょうけど。監督もすべてコントロールできるわけではないですし。そうなると、書面の形で『このシーンはこういうことです』、『こういうことはやらないでください』とか伝えておかないと、どうしても齟齬や矛盾が生じてしまうんですよ」
  • 新「宮崎駿が最近は脚本を書かずに直でコンテで描くらしいけど、あれもそういうことなのかな? 映像で見えちゃうから、もうそっちの方が早いよ!みたいな」
  • 賀「宮さんレベルだと、信頼できる脚本家が居ないんじゃないですか? 自分のやりたいことをちゃんと……」
  • 新「自分でやるんだったら二度手間だしね。逆に自分で脚本書いてて、メモ書きみたいな絵で図解するというのは?」
  • 賀「たまにやりましたね」
  • 新「やっぱりやるんだ」
  • 賀「位置関係とか」
  • 新「やっぱ映像的に捉えてるんだな、君は」
  • 賀「あと、手信号やる場面があって、“止まれ”とか“進め”とか」
  • 新「口で説明するの難しいからねえ」
  • 賀「えぇ。ドルアーガのダンジョンのシーンで、『冒険者の動きをSWAT風に』とか書いといたんですけど、さすがに文章だけじゃあまり伝わりませんでしたね。四人くらいで実演して見せるか、映画のそういうシーンを資料として貼付するしかなかったかも(笑)」
  • 新「そこは小説でも実は同じ問題を抱えてる。これまた宮崎駿の話なんだけど、植物の知識、あるいは豊かな感性を持っていない人に森を描かせると、一つ一つの木が同じになっちゃうらしい。わかっている人がそれを描くと、これはクヌギでこれはモミで……みたいな。ワラビがここにあって、とか。じゃあワラビ細かく描いてクヌギ描いて、モミの木を描いても、今度は見てる人が植物の知識が無い場合、それは本当に見てることになるのか、あるいは描いてあることになるか……というジレンマ。つまり、視るという行為は既に識っているという状態に等しい、という」
  • 賀「何かおかしいとは、みんな思うんじゃないですかね。徹底してリアルにやるとなんか……」
  • 新「結局、作る側は『見ている側が見落とす部分』まで作り込まざるを得ないんだよね。どうしても。ただそれで見ている側、小説なら読者の知識とか感性とか、“気づき力”みたいなものが無いとなると、お互い不幸なことになっちゃう。だからといって、小説にYouTubeの動画をベタっと貼りつけて、というのもさすがに」
  • 賀「リンク貼ったりとか」
  • 新「ブログだとそれができるから、ある意味で気が楽なんだけど。あれは小説とはちょっと違うし……でも小説もああなる可能性はあるだろうね」
  • 賀「あと小説とアニメで違うなって思ったのは、台詞をとにかく短くしなきゃならない。特に会話シーンをどこまで短く簡潔にするかという」
  • 新「それは一つの台詞を短くするのか、やり取りの回数を減らすということなのか」
  • 賀「両方ですね。全体的に。小説だったら当たり前の長さの会話シーンとかでも、長いって言われるんですよ」
  • 新「それは半分くらいに短くしろって感覚? もっと?」
  • 賀「半分くらいですかね。じゃあそうするとそのシーンで一番大事なのは何なのかというのに向かい合わなければならないんで。かなりシビアな。普段から削る習慣が無いとつらいですよね。自分はドラマガで短編とか書いてたんで、日頃から削りまくってたんで、わりとどんどん削れるんですよ。で削りに削りまくった会話ですら、今度コンテになってアフレコの時にまた削らざるをえなかったり」
  • 新「アニメの脚本て再現率みたいのって、どれくらい? 書かれたものの何割くらいになる?」
  • 賀「多い方で9割、少ないと3〜4割とかじゃないですか?自分の仕事の場合は、基本7〜8割ぐらいはいってるんじゃないかと思う。9割ぐらいいってる場合もあります」
  • 新「その場合、クレジットの脚本って君の名前になるわけだよね?」
  • 賀「脚本家はそこがつらいところですね。自分が書いてない台詞も自分の仕事扱いになっちゃったりする。それに耐えられる胆力も必要かと。自分が書いてない描写・台詞もあって、それが必ずしも好評になるとは限らないし」
  • 新「それは小説だとあり得ない話だよね。それやったら大騒ぎになるし」
  • 賀「でも集団作業じゃ避けられないことですね」
  • 新「そこが多分一番大きな違いだと俺は思う」
  • 賀「アフレコの現場で、この台詞尺に全然合わないどうしようってなった時とか」
  • 新「その場で変えるからね」
  • 賀「その場で考えるんですよ。だから自分が必ずアフレコの現場にいるようにしてる理由の一つがそれなんですよ。そうなった時にベストの変え方をぱっと入れられるように待機している訳ですよ」
  • 新「映像の人たちの手作り感覚って、現場感覚ってすごいなぁって。いろんな話聞くんですけど、一番好きなのがロード・オブ・ザ・リングの監督が、前の晩に奥さんと一緒になって脚本を切ったり貼ったりしてんだよ。翌日撮るシーンでこの台詞こう変えようとかって。で、切り貼りした脚本をみんなにコピーでまわすとか。二時間 時間が開いたから、ちょっとそこで耳つけて発砲スチロ−ルにまたがらせて、山の場面撮ったりとか。あれはすげえなぁって。小説の感覚だと、ああはいかないんだよね」
  • 賀「そうせざるを得ないというか。想像しないトラブルというのが襲いかかってくるんで」
  • 新「スタッフが全員そこにいて、しかもその時間内にやらなきゃいけない仕事の形だから……」
  • 賀「ドルアーガでもおかしいトラブルがありました。削るんじゃなくて、増やさなきゃならなくなったケース。あるカットが意外と長くて、台詞が足りなくなったんですよ。しかもそれが魔法の呪文なんですよ(笑)」
  • 新「作んなきゃいけないんだ」
  • 賀「そう、で呪文をその場で一生懸命考えて(笑)」
  • 新「うわー、カッコいい!」
  • 賀「ハズカシーって(笑)」
  • 新「それは何時間以内、それとも何分以内、なの?」
  • 賀「何分以内です」
  • 新「うおー、こえー。もうすぐスタジオ借りる時間終わります、みたいな?」
  • 賀「というより、収録中ですから、その足りない分のところはちょっと別録りでおいといて、他をどんどんまわして、そのパートが終わるまでに考えて、終わった後にその別録りでシーン録るから……終わるまでなんで10分か15分くらい、ってかんじですかね」
  • 新「もうほとんど生放送感覚ですな」
  • 賀「まぁ、生放送ほどきつくはないでしょうけど」
  • 新「でも声優さんのスケジュールとかもあるわけだろ?」
  • 賀「その収録のうちに録れればいいので、まず問題にはならないんですが、別番組の収録があって早めに抜けなきゃならない人もいるので、そういう場合は焦りますね。……まぁ、呪文とかだったらでっち上げればいいですし。ただ、そこに俺が居なかった場合を考えると、ぞっとするわけですよ」
  • 新「なんか変な呪文とかが入っちゃったりして(笑)」
  • 賀「ダッサイもの入れられちゃったりして。賀東こんな呪文考えたんだ、とかって思われちゃう危険が(笑)」
  • 新「アニメの脚本の仕事するようになって、予想外の失敗とか、プラスのいいこととかってある? ものすごい予想外のことって何か。小説家ではとてもこんなこと予想できなかったとか」
  • 賀「予想外……。ふもっふなんかで思ったんですけど、映像畑の人と笑わせるってことの感覚が小説家とかなり違うなって。動きで笑わせようとするところとかね。自分は言葉で笑わせようとするんですよ。台詞をぱっと言った時に、どっと笑わせようとする。彼らは動作や間で笑わせたりする」
  • 新「確かに映像ならではの」
  • 賀「あと、時間の切り方にすごくシビアですよね。無駄を省いていくという。そういう意味で小説はのんびりしてるなぁって思う」
  • 新「2〜3ページどころか、1折増えても大丈夫だし。まぁ文句は言われるけど」
  • 賀「余裕でできますからね」
  • 新「できなくはない、だからやっちゃう。映像畑の人には怒られそうだ(笑)」
  • 賀「うーん予想外の失敗かあ……」
  • 新「あるいは、今だから笑える失敗とか。あるいは大成功とか。俺こんなことできたんだとか」
  • 賀「失敗は、伏線や設定の強調不足とかですかね。小説とかなら一度書いておけばいいことでも、TVアニメだとそうも行かないとか。2話前に描いておいたから、もう説明はしなくていいだろ、とか考えてたら甘かったわけですね。なにしろ視聴者にとっては二週間前のことですから。こちらは説明したつもりなのに視聴者から「説明してない」とか指摘されて、ああ、しまった、そりゃそう思うよな……とか反省したことはあります。他にもいろいろあるような気もしますが、すぐには思いつかないなぁ」
  • 新「実写の脚本って、やったことあるんだっけ」
  • 賀「ないですよ」
  • 新「やりたい?」
  • 賀「機会があったらやってもいいかなぁ、ぐらいですかね。それはそれで全然違うものになるでしょうから」
  • 新「アニメともまた違う――」
  • 賀「企画というか、作品の内容自体も違ってくると思いますから」
  • 新「アニメの脚本やってみて、小説の書き方が変わったところはあるのかな」
  • 賀「いつも削らなきゃいけなかった反動か、なんか微妙に長たらしくなったりとか(笑)会話がちょっと長くなったりとか」
  • 新「自覚してるというか、気がついたらそうなっていた、みたいな?」
  • 賀「自覚してるから、直してますね」
  • 新「直しつつ、直らず……」
  • 賀「あぁまた長くなってる、いかんいかんって言ってまた削る……みたいな」
  • 新「台詞も地の文も?」
  • 賀「ええ。わーい自由に書けるぞーというかんじで」
  • 新「大人向けの小説を書く気はある?」
  • 賀「最近ちょっと思いますけど。特にネタもないです」
  • 新「ネタはないんだ」
  • 賀「まぁ無くはないんですがなんだかねー」
  • 新「じゃあ、これからもずっと若者向けの面白いネタで行こう!という強い気持ちは」
  • 賀「そのつもりなんですけど、最近いろいろぶれてる。悩み続けるんだよな〜」
  • 新「君は悩みながら成長するタイプ(笑)」
  • 賀「脚本家についても、やってみて、いろいろわかりましたけどね。あまり前例のないキャリアを切り開いていってるという自覚はあるけど、これから先をどうするというのは……」
  • 新「君は何か一つのメディアと心中する気はない、という感じなのかな」
  • 賀「やー、この畑はもうダメだってなったらどっか行きますし。どこ行ったってやってけるくらいの力はあるつもりですし」
  • 新「どこ行ってもやってける力って、君流に言うとどんな?」
  • 賀「地力ですかね。頭の基礎体力というか。正拳突きですよ。いちおう脚本家としても認めてもらえたのは、地力のおかげかと」
  • 新「メディアに依存しない、物語作りの力があればやっていける……」
  • 賀「あと、コミュニケーション能力ですね」
  • 新「うん、それだ。あれは意外に誤解されていて、『人と会話するのが苦手なんで小説家になります』ってよく聞くんだけど、そうじゃなくて! 人と話を直接できない、相手に直接言えない状況で、相手の心を動かさなきゃいけない。これほど対人能力の必要な職業は他にないよ!」
  • 賀「そう! それは声を大にして言いたい!」
  • 新「読者ひとりひとりに会えるんだったら、直接読み聞かせたいよ、ほんと。自分で。身振り手振り入れて」
  • 賀「『このアクションはこうなんだ!』『ほら、格好いいだろ!』」
  • 新「そうそう。赤線引いちゃったり、板書しちゃったりしてね(笑)。本当にしたいよ、マジで。朗読会とかしてみたい。アクション入り、イラスト図解入り、スライドショーで。……演劇とかコンサートとか映画とか、空気を同じにして一時過ごして、体感して、それで帰っていくという手法に、一種の憧れがあることはある。小説には小説のいいところがあるんだけど、小説では手の届かないところもある」
  • 賀「この前、友達に誘われてサッカー見に行ったんですよ。8万人くらいいるわけですよ。で思ったのが、この数倍の人が俺の小説読んでるんだって。どうしよう、みたいな(笑)」
  • 新「(笑)人数の実感って無いんだよね。間接的にしかわからないし」
  • 賀「こりゃエラい仕事選んじまったって、あれ見て思いました」
  • 新「直接会って話せない、説明も釈明もできない人が、万単位でいる。でも文字だけで語らなくちゃいけない」
  • 賀「あれはすごい。その人たちを相手におもしろがらせるんだから、人と会話するのが苦手とか言ってちゃダメでしょ」
  • 新「直接会って話したって誤解されるのに、間接的に文字だけで、あるいは映像だけで、その人たちの心をしっかり揺さぶらせなきゃいけない。しかもこっちの狙ったとおりの方向へ」
  • 賀「けっこう最初の頃は慣れなくて、自分の書いている文章と向こう側に10万人いるとか、そんなこと考えたら何も書けなくなっちゃって。本来その心地を味わわずしてお前らなぁって言いたい。まぁわかんないでしょうけど」
  • 新「何万人もの人がいて、自分が小説書くのひと月遅れたりすると、そのうちの一人くらいは亡くなっていてもおかしくない。確率的には」
  • 賀「実際、そういう話も――」
  • 新「この業界、いろいろ話があるからねえ。お母さんから『死んだ子供の遺品を整理してたら愛読していたライトノベルが出てきましたので、作者の貴方様にお手紙差し上げました』……とか」
  • 賀「そ、その話、けっこうきついんですけど」
  • 新「いやいやいや。この逸話は僕自身への戒めでもあるし、君への手向けでもあるぞ――僕らにとって原稿が遅れるというのは、それだけで罪悪なんですよ。職業作家にとっては。これは声を大にして言いたい。というか、本当に申し訳ありません。先日、後輩のSF作家さんが亡くなって、その衝撃をまだ受け止めかねているせいもあるんだけど……」
  • 賀「不治の病の人がファンの中にいるんだったら、そこに行って、この話はこうなるんです、一応こう決めてるんですとか、考えてるんで大丈夫です、安心してくださいとかって、教えたくてしようがない」
  • 新「僕も『蓬莱学園の革命!』で、ほぼ同じような体験したことある」
  • 賀「じゃあ、最終巻のプロットはもうできてるんでそれ書いてあるから、あぁ俺はもうこれで突然死んでしまっても大丈夫だーとかって。編集さんとかにも、もし俺が突然死んだりしたら、このプロット公開してくれって頼んであります(笑)」
  • 新「それは大事だ」
  • 賀「そしたら一安心って気分になっちゃう危険性が(笑)」
  • 新「でも僕らみたいな人間の遺言状って、そうあるべきだよね。『あの話はこうなりますよ』というのが遺言代わり」


【ちなみに最後のパートの冒頭原文は以下のとおり↓でしたが、刊行当時はまだ情報解禁前だったので書籍バージョンでは多少修正されてます:というわけでオリジナルのバージョンを……】

で、新作は?

  • 新「君の今後の予定は? フルメタ最終巻いつ出るの?」
  • 賀「この本がいつ出るんでしたっけ」

――8/10です。

  • 賀「この本が出てるころにフルメタが出ているかどうかは……たぶん出てません。頑張ってますし、他の仕事入れてないんで安心してください。フルメタが出ないと他の仕事もできないんで。ちなみに新城さんは」
  • 新「僕のほうは、今年後半いろいろと出るよ。例の3000枚の大長編も――いちおうタイトルは『15×24【イチゴー・ニイヨン】』で本決まりらしいんだけど――スーパーダッシュ文庫さんで9月から順次。4ヶ月連続刊行で全■冊。どうすんだ校正。一緒にカンヅメしようぜ」

(2009年6月10日、於東京・エルスウェア社内)